シャルロッテとマルセル6 シャルロッテとマルセル(終)

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 太陽が沈みゆく刻。静まりつつある森の中、三角屋根の家で、魔女と人間が話をしていた。
「買い物お疲れ様。マルセルが来てから本当に助かっているわ。ありがとね」
「いやいや、礼なんて言われることをした覚えはないよ。俺は自分にできることをやってるだけだ。仕事もあるし、しかもタダで住むところも用意してもらって、こっちが感謝したいくらいだって。むしろ、本当にこんな簡単な仕事だけで暮らしてていいのか心配になるよ」
「他の子たちと違って人間の常識があり、そして何より当然ながら見た目が人間。私が買い物に行ったり物を売りに出ている時間が自分の仕事に回せるから、互いにとって有益。それだけのことよ」
 マルセルは森にきてから、カリンの助手的な立場に就いている。
 これは重要な仕事な上でマルセルしか適任者がいない、カリンはそう付け足しながら、品物と釣り銭を受け取る。それらを決まった場所にしまい込んで、彼女はマルセルに向き直った。
「今日の仕事はこれで終わり」
「なんだかなあ」
 おつかいが終わったからといって、カリンからマルセルの元に給金が支払われるわけでもなく、そして食べ物が支給されるわけでもない。
 ぶっきらぼうな言い方をすればこの行為は、確かな信頼をまとめ役であるカリンから得て、森で手に入る物を必要なだけ勝手に持ち去る権利を獲得するための作業だった。
 腹が減ればエルマの元から作物を採っていけばいいし、火が欲しくなればカリンから火打ち石を借りて、シャルロッテからもらっている薪で火を作ればいい。なんだか悪いことをしているようで、釈然としない。
「慣れないかもしれないけど、ここではこれが人間の世界で言う規律だと思えばいいわ」
「そらまた、ずいぶんと緩い規律だこと」
「それより、シャルに会いに行ってあげて。最近私がマルセルをおつかいに使ってばかりいるから、寂しがってるの。とくにあの子はすぐに仕事を終わらせて、ずっと暇をしてるから」
「そっか、そんじゃ、行ってくるよ。お疲れさん」
「いってらっしゃい」
 マルセルがシャルロッテの寝床まで行った時には、すでに日は落ちていた。今までのシャルロッテの楽しみといったら森の丘から人間の町を眺めることだったのだが、もうそれをする理由がなくて寝入ろうとしているところである。
 マルセルは横になったシャルロッテの脚のそばまで来た。手を伸ばせば高く聳えるそれに触れることができるだろう。
 シャルロッテは頭が悪いが他の感覚は鋭く、目もいいし耳もいい。そんな彼女にマルセルがここまで近づいても何も言われないのは、もう眠ってしまっているからだろうか。
「シャルの奴、拗ねてるな」
 マルセルは靴の裏に付着した土を綺麗に払って、シャルロッテの脚に手をかける。面白いいたずらを思いついた子どものように笑い、マルセルは持ち前の身軽さを活かして横向きに寝ているシャルロッテの脚に飛び乗った。
 その、巨木より太くもしなやかで綺麗な脚に沿って走っていくと、そこには今度は藍色のデニム生地の壁で出来た低く広がった洞窟がある。シャルロッテのショートパンツの出口だった。
 マルセルでもここに入ったらさすがに怒られる。どんな目に合わされるか分かったものではない。男として中がちょっぴり気になったが、怖いもの知らずの彼も実行には移さなかった。
「よっと」
 そんな壁をよじ登ると、今度は同じく藍色の高原が広がっている。ショートパンツの側面だ。デニム製の固い地面を走り抜けていると、大きな音を立ててシャルロッテが寝返りを打ち、仰向けになった。今度はまた弾力のある肌色の地面に落ちる。服から少し見えていた、シャルロッテのお腹の上だ。
「ふふ……」
「起きたか」
「脚の上歩かれてる時から気がついてたよ。すごくくすぐったいんだから」
 その言葉を聞いて、マルセルは男の欲求に逆らったのは正しい判断だったと思った。あのまま中を覗いたら最期、生きて出てこられなかったのではないかと思う。
 マルセルはお腹の上から這い上がって服の上へ登る。山のような胸が邪魔で見えないが、まっすぐシャルロッテの顔を目指した。彼女は体を出来るだけ動かさないように、喉と口だけで声を出す。
「その……よく怖くないね。結構高いでしょ、そこ」
「家の屋根より高いかもな。時計塔の半分はある」
 マルセルは町の方をよそ見しながら時計塔を視界の端に収め、それでも歩みを止めずに先に進んだ。弾力のある白い服の大地からは、女の子の匂いがする。
「ちょ、ちょっと待って、そこ通る気?」
「ダメか?」
 胸に差し掛かろうとすると、シャルロッテが体を揺らして声を出した。マルセルはおちょくるように質問で返す。
「ダメじゃ、ないけど」
 シャルロッテは顔を赤らめながらも、拒否しなかった。
「そんなに膨らんじゃいないしな。登るという言葉が必要なほど高い山じゃあない」
「ひどいなあ」
 マルセルが胸の膨らみに近づくに連れ、白い大地から伝播する生命の鼓動は、少しずつ大きくなっていった。マルセルは宣言通り少し手と足をかけるだけでシャルロッテの胸の山を越え、少し行ったところで腰を下ろす。
「え、そこで座っちゃうの?」
 声で地面が振動している。シャルロッテの喉仏がすぐそばにあるからだ。
「いいじゃないか、俺の勝手だよ」
「マルセルの顔が……見えない」
 シャルロッテは仰向けでまっすぐ天を仰いだまま、寂しそうにつぶやいた。
「しょうがない奴だな」
 せっかく登ったシャルロッテの体を滑り降りて、マルセルは土の地面に足を付けた。彼が自分の体から降りたことに気がついたシャルロッテは、体をゆっくりと起こす。マルセルは顎で彼女の右手を示して、自分をそこへ導くように無言で求めた。
 シャルロッテの手のひらがマルセルに迫る。彼はそれを当たり前のことのように身構えて、その巨大な手に全く動じる様子を見せないまま飛び移った。彼を乗せた手のひらが、ぐんと半月に近づいていく。もうあれから半月の時が経っていた。
「月は欠けても綺麗だね」
「お前の瞳の美しさには敵わん」
「私はお前じゃないよ、シャルだよ」
 シャルロッテが口元を緩ませて言うと、同じようにマルセルも口元を緩ませて言う。
「そうだな、シャル」
 マルセルがシャルロッテの存在を認識し、そして彼女を身近な存在として認めた言葉。この何気ないやりとりが、二人は癖になっていた。

 

 


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