チキータの遺産第二幕 地方都市ロシュエル◆4

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 抱きしめていたチキータを優しく離して、腰にある荷物入れの中からビークルの鍵を取り出す。そして最初に渡した合鍵と同じ形をしていることを確認させると、イラーナに手渡した。
「にひひ、まいどありー。にしても……こいつら、マジモンのテネブラエ一味か? しかもこいつはその中でもチキータだろ?」
 イラーナは視線をチキータに移す。チキータは座ったままうつむいて、尻尾を力なく床に垂らしていた。
「……マジモンだよ」
 今まで否定していたことを、ついに自分の口から肯定してしまった。それは案外あっさりしたもので、不思議と嫌悪感みたいなものを抱くことはなかった。一方イラーナは、この部屋に今まで漂っていたマナの流れにも気がついていたようで、答えを聞いてもとくに驚きはしない。
「ふーん、それにしては前と雰囲気が違わねーか? つっても、お前さんにはわからねーだろうけどよー、前はもっと威圧感があって、誰も寄せ付けない感じだったぜ?」
「ついさっきまで、記憶が失くなってたんだ。それに、まだ全部思い出したわけじゃなさそうだからな」
「なるほどなるほど。じゃあこいつは、記憶が全部戻ったらまた暴れまわるのか?」
「それはあり得ません」
「ほほう」
 今まで口を開きづらそうにしていたチキータが顔を上げる。強く意思を持った眼差しが、そこにはあった。
「私自身があのような事態を望んでいません。そして……きっとハイメも、今の私についてきてくれるでしょう」
 チキータが決意を表明していると、そこへフードと眼帯の男、ハイメが駆け込んできた。珍しく慌てている様子だった。
「フラビオくん、チキータを連れて逃げる準備を」
「どうした?」
 いつも不気味なほどに落ち着いている彼の落ち着きのない姿を見ると、胸騒ぎが収まらなかった。イラーナを見る。彼女はニヤけていた。嫌な予感がした。
(まさか……こいつ……!)
 だがその嫌な予感は、別の方向に向かって的中した。
 足音をいくつも響かせて自警団が飛び込んでくる。そしてそこには、ファフル自警団で見知った顔もあった。
 つまり、ロシュエルとファフルの混成チームだ。事件が二つの町を跨いでいる場合、こういったことはよくあることで、一応想定はしていた。しかし次の瞬間目にした光景は、ひどく予想から逸脱したものだった。
 自警団の中から一つ、よく知る顔の、長身の女性が現れる。彼女は、銀の長い髪をポニーテールにまとめていた。それはまぎれもなくコラソンだった。
「な……」
「コラソンさん? 嘘、ですよね……」
 中から現れたコラソンの姿を見て、せっかく立ち上がったチキータが、再び崩れ落ちる。フラビオの頭は今の状況を受け入れることができなかった。
「チキータを何も言わずにこちらに渡して」
「コラソン、お前、どうして」
「渡して」
「どうしてだよ、理由を言えよ」
「何も言わずに、チキータを渡して」
 何度理由を訊いても、彼女は返す言葉を変えようとしない。質問に答える気はなさそうだった。コラソンが歩み寄ってくる。気がついたときには、もうすぐそばにいた。
 コラソンは拳を勢い良く突き出す。アイアンナックルのはめられた彼女の拳は空を切り、フラビオの耳のすぐ横で止まった。
 いったいどうすればいい。冷や汗が止まらず、下着が濡れて肌にぴったりと貼り付く。
 反対側のアイアンナックルが獲物を狙う獣の瞳のように輝いて、強い突き上げを繰り出した。間一髪でフラビオはそれを回避し、無言のまま後ずさりする。もし今のを頭に食らっていたら、頭骨が粉々になっていた。
「渡して」
「…………」
 逃げ出すには敵が多すぎる。それにもし外に逃げられたとして、ビークルの鍵はどちらもイラーナに預けている。
 しかも、この混乱に乗じてか、いつの間にかイラーナの姿は跡形も失くなっていた。
(これじゃ、鍵を取り戻すことも簡単にはできないじゃないか。イラーナの奴……もしかして最初からコラソンとグルだったのか)
 ビークルがなければ遠くに逃げることはできない。できるあがきはせいぜい町の外れで息を潜め、捕まるのを待つくらいだ。だからといって、チキータを守るためにコラソンを傷つけるわけにはいかない。ハイメが勝手に動かないように釘を刺す。
「お前は、何もするな」
「時と場合によるかな」
 フラビオは、コラソンが無抵抗の敵を攻撃したくない性分であると知っている。だから先ほどの攻撃も威嚇に過ぎないと気がついていた。だが、コラソンの背後には数人の自警団員が控えているのだ。もしもあいつらが攻撃を仕掛けてきた場合、やむなくフラビオも武器を抜くことになり、コラソンも本気で動くだろう。
 もうどうすることもできない。諦めかけていたそのとき、空気が一気に湿っぽくなった気がしたと思えば、背後で爆発音がした。振り返ると、壁が爆風によって砕け散り、空が丸見えになっている。
 フラビオはこの現象に覚えがあった。水のファミリアであるイラーナがよく使う手段だ。
 水魔法は幻影を見せたり、治癒をしたりとあまり戦闘向けではないものが揃っていて、どちらかといえば支援タイプだ。
 かと言って自己防衛すらできないのは困るので、その弱点を解消するためにイラーナが編み出した、水蒸気爆発を引き起こす水の魔法。イラーナが持ち合わせている魔力を一気に投入して、それをエネルギーに変換、瞬間的にに多量の水を蒸発させることで体積が増加した水分が空気を押しのけて破裂する。
 あり余る魔力を持ち腐れているイラーナならではの攻撃手段で、真似ができる者は世界にも片手で数えるほどしかいないだろう。
「こっちだ、早くしな!」
 フラビオが思った通り、壁を砕いたのはイラーナだった。イラーナの顔を見たコラソンが、鳩が豆鉄砲をくらったような顔をして動きを止めた。
 だがすぐに正気を取り戻したコラソンが声を荒らげる。
「イラーナ! アンタどういうつもりなの!?
「見てわかんねーかなあ、私はこっち側につくよ」
 イラーナは手に持っていた鍵を二つ見せびらかして、いたずらに微笑んだ。
「裏切る気?」
「元々、信用するとか裏切るとかそんな言葉、私の辞書にゃ載ってないね。借金まみれの女に雇われるより、そこそこ稼ぎのいい男に雇われたほうが儲かるからそうするだけのことさ」
「行こう。このお嬢さんは信用できるよ。今のところは、だけど」
 言い争う二人を尻目に、ハイメがフラビオに声をかけた。
「あ、ああ……」
 フラビオは生返事をすると、チキータの手を取って彼女の体をぐいと持ち上げた。部屋の出入り口はすでに自警団が何人も張っている。ここから逃げ出すなら、イラーナに頼るしかないのは明白だった。

 

  ◆

 

 駆け出すフラビオたちを逃さまいと、一人の自警団員が剣を抜いてフラビオに飛びかかろうとする。それに続いて、また何人かの団員が武器を取り出して振り回し始めた。コラソンも少々躊躇したものの、戦闘に参加する。
 双方激しくぶつかり合いながらも、なかなか戦いは決着が付かない。フラビオはロシュエルの孤児院で育ち、加えてそれなりに長くファフルに滞在していた人物だ。どうも、他の自警団員もコラソン同様躊躇いが捨てきれていないようである。
 しかし、やがてコラソンが何かしこりのような物を感じて不審がる。フラビオが、剣を大きく振りかぶって突撃してくる、その様子がおかしいと思った。
(この人……こんな風に剣を振るっけ……)
 いつも味方としてしか対峙しない。剣の稽古なんてものはしばらくしていなかったし、敵になれば見え方が違ってもおかしくはないのではないか、とも考えてみたが……納得がいかない。
 コラソンは戦闘の最中、彼の情報を頭の片隅で整理し始めた。高身長で低体重、筋肉は軽い鎧を纏えるくらいの、そこそこついている感じの男。武器はマルティーニ伯からもらったショートソード一本と自前の小型ナイフ二本。身軽さが彼の長所だ。
 ショートソードは、こんなに大振りで使うものではない。
(ていうか……ハイメはどうして魔法を使わないの?)
 最初に気にとまったのはフラビオなのだが、だんだん辺り全体がどうもおかしいような気がしてきた。イラーナは水のファミリアだから場合によっては魔法を使わずにナイフで戦うこともある。だが、氷のファミリアであるはずのハイメが魔法を一切に使おうとせず、杖で剣や槍と殴りあっている。これはどう考えてもおかしい。
(水のファミリア……?)
 そしてコラソンはふと、一つの可能性に行き着く。
「攻撃やめ! 全員攻撃をやめて!!
 この場ではコラソンが最も階級が高い。彼女の声に従い、全員がぴたりと攻撃を終えた。その攻撃をやめた人物の中には、フラビオやハイメも含まれている。
「全員廊下に出て」
「……了解!」
 団員たちは首を傾げながらも、それに逆らうことなく廊下に出た。そして自分たちを確認して驚愕する。
「やられたわ……すっかり忘れてた」
 コラソンを含む自警団員たちは、イラーナの幻影魔法によってまがい物と戦わされていた。味方を敵として認識してしまっていたのだ。コラソン自らがフラビオだと思っていた人物も当然自警団員の一人であり、当の本物たちはとっくにどこかへ去ってしまっていた。


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