チキータの遺産第三幕 揺らぐ心◆4

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 フラビオたちは、伯爵からアンナとコラソンの関係、そしてカシアがコラソンを利用しチキータを奪ったあと、彼女の力でアンナを蘇らせようとしていることを知らされた。
 伯爵の話が終わり、それぞれ用意された自分の部屋へ案内される。コラソンが今までずっとこのときのために生きてきたことを思って、フラビオの中では裏切りから来る切ない気持ちと強い怒りが渦巻いていた。
「いつまでそんな中途半端な心意気でいるつもり?」
 ノックもせずに入ってきたのは、フードと眼帯の細い男、ハイメだった。被っていたフードをとり、彼はフラビオの隣に座った。フラビオとチキータ、そして彼の部屋はそう離れていない。彼はフラビオの落ち着きのない心を読んできたのだろう。その言葉が警告か心配かはわからない。
「中途半端なのは、お前も一緒だと思ってるんだがな」
「……やっぱ、分かっちゃうか」
「やけに素直だな」
 ハイメは間違いなく、アンナに好意を抱いている。自分の妻なのだから当然のことだ。
 つい三日前まで凍てついたような彼の感情は、もう人並みに解けてしまっている。それはフラビオにとって嬉しいことでもあったが、少しの戸惑いがあった。
「お前、コラソンの思惑に気付いていながら知らん振りをしてただろ」
 当然ながら、ハイメほどの読心魔法の使い手なら分からないわけがないのだ。チキータのことを大切にしていることはよくわかったが、それと同じくらいアンナの蘇生を彼は望んでいるということになる。もしくは、チキータを守りたいという思いは嘘なのかもしれない。
「チキータが大切なのは、嘘ではないさ」
「じゃあどうしてすぐ俺に伝えなかったんだ、コラソンのやろうとしてること」
 フラビオの発言に、ハイメが眉を少しだけひそめてしばらく黙った。会話の雲行きが怪しくなっていく。
「僕の読心は完璧だ。だけど完璧な読心があっても、未来は読めない。相手の考えていることがわかっても未来を自由に操るのは不可能だ。コラソンちゃんが完全に裏切り行為を見せる前に、僕が彼女の思惑をキミに伝えたところで、キミは信用しない」
 フラビオは返す言葉がなかった。確かにその通りだ。宿襲撃の前にコラソンがチキータを利用しようとしているなんてこと言われても、フラビオは彼女にしゃべっていただろうし、もししゃべっていなかったとしても、きっとコラソンを警戒をするなんてことはなかった。
「すまん。軽率な発言だった」
「まあいいさ」
 再び少しの沈黙が降り立ち、そして消えていく。
「チキータはさ、芯は強いよ。今はフラビオくんのほうが心配」
「なんでだよ。ハイメがそばにいてくれたほうが、チキータも安心できるだろ」
「いや……」
 ハイメはそうつぶやいて、しばらく無言を貫いていた。何か考え事をしている様子だ。彼の蒼い目を見る。その目をフラビオは今までとても冷え切っているもののように思っていたが、今は不思議とただただ澄んでいるようにしか見えなかった。
 ハイメがやっとのことで口を開く。
「カシアに放り出されて、コラソンちゃんまでいなくなった。とくにキミがコラソンちゃんに依存してたのは、僕の前ではごまかせない。今、キミの心はズタボロだ。そりゃそうだよね、チキータのことをなんとかしたいと思いながら、最初からカシアに助けを求めに行くことしか考えてない。その結果がこれだ」
 フラビオは何も言い返すことができない。ハイメは怒りのはけ口が欲しいだけのようにも思えるが、どうもそうではない雰囲気だった。
 どことなく、自己嫌悪のようなものを感じる。
「でも、残念なことに、僕はキミに頼りたい。それと……」
「それと?」
「チキータはキミにいろんなことに関する判断を委ねたいみたいだ。僕じゃなくて、キミにね。指輪は大切に保管しているかい?」
「ここに」
 フラビオが荷物入れを何度か叩く。そして中から指輪を出して確認した。間違いなくチキータの遺産はフラビオの手にある。それを見てハイメは満足そうにうなずいた。
「チキータの遺産……ねえ。死んでもいないのに、縁起でもない通称をつけてくれたもんだ」
「まあ、そうだな」
 チキータは二百年というときを経て、完全に復活した。遺産は遺産と呼ばれるべくものではなくなってしまったのだ。
「心は常に揺れ動くものだ。それは僕も変わらない。今まさに、こっち側に来てしまったことを後悔しかけてる自分がいる、情けないことにね。でもきっと、向こう側に行ってみたら僕はまた後悔するはずだ……さて、なんて言えばいいんだろうね」
 フラビオは、少しずつハイメの言いたいこと、気持ちが分かってきた気がした。ハイメはフラビオの軸がブレていると責めている。フラビオはコラソンのことを思っていたり、チキータのことを思っていたり、どちらの味方につきたいのかはっきりしていない、そこがいけないのだと。
 だがそれはハイメ自身も同じで、どうしていいのか、どうしたいのか迷っているのは二人とも変わらない。この難しい葛藤を共有したいと願って、彼はこんな話をしているのかもしれないとフラビオは思った。
「まあいいや、なんでもない。無駄な時間を使わせて悪かったよ」
「待て。指輪がそんなに気になるのなら、お前が持っていればいいじゃないか」
 部屋から立ち去ろうとするハイメに、フラビオは後ろから声をかける。
「言ったはずだよ、それは誰にも渡すな。僕にも、クレトにも、イラーナちゃんにもコラソンちゃんにも」
「どうしてだ? 俺じゃ使い方がわからないぞ」
「わからないからだ。使い方を知っている人物の手に渡ったら……後悔する。チキータもキミもね」
「…………わかった」
 意味が分からない、とフラビオは言いそうになったが、ハイメの声にいつものようなおどけた様子は全くなかった。それはまさしくハイメに似合わない真剣さで、無意識に心中での復唱を迫ってくる。
(使い方を知っている人物の手に渡ったら……後悔する)


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