チキータの遺産第一幕 呪いの指輪◆1

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 フラビオは幼馴染とともに細長い道を歩いていた。
 山間部の田舎町にあるにしては、隣町へ続く道は機械的なほど一直線で、見晴らしがいい。
 トラックビークルがすれ違うだけの幅も十分あるので物流ももう少しあってもいいと思うのだが、やはり距離があるせいで行商人がなかなか来てくれない。
 多くて半年に一度なので、フラビオなどの便利屋……もとい賞金稼ぎに町人がおつかいを頼むこともある。
 だが、今回はそういうわけではなく、二人の私的な用事だ。
 道を外れ、人気のない獣道に入ってしばらくして、今まで一言も交わしていなかった銀髪ポニーテールの幼馴染が、静かに口を開く。
「最近、急激に強くなってるわ。すでに一般的な魔族の域を超えてる」
 声がした隣を見ると、幼少期を孤児院でともに過ごした長身の女、自警団員のコラソンが、敢然たる面持ちで歩を進めている。
「そうなのか……」
 そんなコラソンが言うのは、この一年でフラビオとコラソンの家族に加わった魔族の少女の魔力のことだ。少女と出会ってから、もう一年が経つ。
 その少女は、名をチキータといった。
「この町の人間が気付くのも時間の問題ね。私みたいに魔力というものを感知できなくても、勘がある。どことなく、フラビオも違和感を覚えてるはず」
 コラソンの言う通り、フラビオも異変を感じていた。チキータから、居心地の悪さというべきか……なんとなく、そんなものを感じる。
 このファフルは、ティスニア帝国でも珍しい人間だけの町。魔族嫌いが集まる町だった。
 魔族を毛嫌いする人間が多いのは、ここファフルが、殺戮の化身との最終決戦の場に選ばれたからだろう。この町に残された戦いの傷痕は深く、多くの人が命を落とした。
 殺戮の化身。五百年前に突然現れ、すべてを破壊し、殺して回ったとされる暴虐な魔族。
 ファフルにはすでに誰も立ち入らなくなった鉱山がある。その廃鉱の最奥には、世界を破滅に導き損ねたとまで言わしめた強大な魔族が、二百年前に封じられている。
 いや、封じられていた、というほうが正しいのかもしれない。
 その魔族からあふれだす魔力のせいで、廃鉱の悪魔は凶暴化。その悪魔に太刀打ちできる者がほとんどいなかったために、自然と町自体も活気を失っていった。人は減って町は廃れ、ファフルに繋がる道はロシュエルを繋ぐ一本だけになってしまった。
 フラビオは、チキータと一年前、出会った時のことを思い返す。思えば、チキータとフラビオが出会ったのもこの廃鉱だった。
 あのときはまだ、揺らぐ感情すら感じさせなかった無垢な少女は、長い黒髪と二色の瞳を持っていた。
 ファフルに魔族はめったにやってこない。しかし、彼女にどうしてこんなところにいるのか訊ねれば、わからないという。チキータは、自分の名前以外思い出せない、記憶喪失だったのだ。
 フラビオやコラソンは孤児院の出身だ。孤児院には時折、記憶がない者も訪れる。だからフラビオたちは、記憶喪失の少女を扱うのに慣れていた。そして家に連れ帰ったのが、チキータとの出会いの始まり。
 今日は、あれからちょうど一年になる。
 本当は、すぐにしかるべき警察機関にでも連れて行ってやればいいはずだった。
 しかしここは、皇帝の息すらかからない田舎だ。
 一定の納税さえ怠らなければ自治を認める、どうぞお好きに。そんなスタイル。
 もちろん町長が申請すれば巡回帝国兵も派遣してもらえるが、帝国兵には人間と魔族が半々に混じるように構成されている。それが当たり前なのだから。
 それでも、町人の大半が魔族を嫌っているので、なかなか決断を下すのは難しく、自治体も苦しんでいる。
 一応帝国軍とは別に、自警団と呼ばれる武装許可を得た一般人の集まりが、それぞれの街単位で存在してはいる。だが、ここは人間の町である。自警団に魔族なんて一人もいない。
 魔族への応対でいい噂は一つも聞かなかった。優しい顔して、魔力の封じる指輪をはめて、迫害する気満々のやつらだとか、そんなのばかり。
「……通常、マナの流れによる悪魔凶暴化は一年の経過で鎮静する」
 考えごとをしていると、コラソンが誰に言うでもなくつぶやいた。
(いや、俺に言っているのかもしれないな。覚悟をしておけ……と)
 いつの間にか汗のにじんでいた拳を歩みながら握りしめて、やがて見えてきた、くだんの廃鉱に足を踏み入れて松明を灯す。突然明るくなったことに驚いた、ネズミなどといった小動物たちが逃げ出す。
 松明を灯してもなお、洞穴から覗く漆黒。中から漂う空気は冷たかった。冷気で肌が冷え、松明を持つ手元ばかりが熱い。
「どう、フラビオ?」
「…………」
 彼は問いかけを無視して、どんどん奥へと踏み入っていく。正直、認めたくなかった。
 壁から乗り出すように生えたクリスタルを眺めつつ、足を動かしていく。壁に駆け寄ると、壁の一部をじっくりと眺めた。
 魔力……いわゆるマナが貯えられたクリスタルはマナクリスタルと呼ばれ、様々なものの燃料として使われているため、高値で取引される。マナクリスタルを目当てに長い間出入りしていたフラビオは、この廃鉱の様子を詳しく知っていた。だが、現在はだいぶ様変わりしてしまっているとフラビオは感じていた。
 一年前には魔力を多分に含んでいたマナクリスタルが、ただの石になっている。
 つまり、一年前には漂っていたはずの大量の魔力が、今はないということ。
「なにも、出てこねえ」
「なら、やっぱり……」
 凶暴化して好き放題暴れていたはずの悪魔が、一匹たりとも現れない。こんな奥まで来ているのに、嫌になるほど静かだった。
「最奥に行くぞ」
「え、でも……テネブラエがいたら危ないわよ。封じられていても、意識はあるって、カシアさんが……」
「いいから、ついてこいよ!」
 何かを諦めたように言うコラソンの言葉を遮ろうと叫ぶと、その声は洞窟内にこだました。そのこだまが消えてなくなる前に、フラビオは地を蹴って駆け出している。
 フラビオは自分の目で、確かめに行きたかった、その危険な魔族の姿を。
 走りながら荷物入れから分厚い資料を取り出し、付箋を挟んでいたページを開く。
 そこには、文字とも紋章ともわからない、何かが描かれていた。それは、人間族には到底扱えない最上級の封印術を発動させる魔法陣。
 その紋章と同じものを彼はここに探しに来た。唾を呑み込んで一心不乱に駆け抜ける。
 きっとただの同名だ。チキータになんて名前、この地域じゃ珍しくない。
 祈るように心の中でつぶやいた。
 どうか、まだ彼女が、残っていますように。
 廃鉱の最奥にたどり着く。ポケットから取り出した資料に描かれていたものと同じ紋章が地に刻まれたその場所。チキータ・テネブラエが、封じられているはずの場所に。
「ここで、間違いないはずなんだが……」
 しかし、願いは叶わなかった。
 廃鉱という場所とはミスマッチな、ちょっとした石造りの祭壇のようなものに、確かにあの封印術の紋章が刻まれている。だがそこに、殺戮の化身と恐れられた彼女の姿は存在していなかった。
 資料と地面の魔法陣を見比べる……同じだ。
 ここに、間違いなく、あいつはいたんだ。
 世界を破滅に導き損ねた魔族、チキータ・テネブラエが。
 しかしそこにはもう、ぽつん、と封印術の魔法陣が取り残されているだけで、それ以外は何もなかった。
 それはつまり、彼女はすでにここから抜け出してしまったということになる。
 フラビオはコラソンが追いついてきても言葉を発することができないまま、しばらくその場にしゃがみこんでいた。


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