チキータの遺産第四幕 逃げからの脱却◆4

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 フラビオたちは、地上を遥か彼方に感じる場所にいた。辺り一面青の世界。
 常に強風が吹き荒れる。ただ一つ身近に感じるのは、鞍を通じて伝わる怪鳥ソリアード・セネルの体温だった。
「四人も乗せられるなんてすごいですね! 風が気持ちいい」
「これなら川をどう渡るか、渡ったあとに控えているだろう警備をどうくぐり抜けるか頭を悩ませる必要もないしすぐに着くね。風のファミリアくらいにしか見つかることはないな。いい鳥を持ってるじゃないか。お嬢さん」
 久しぶりに長髪を晒したチキータは帽子が飛ばされないように胸で抱え込み、尻尾をくねくねさせて喜ぶ。そんなチキータのすぐそばでハイメは見直したようにパチパチと手を鳴らしてイラーナの鳥を褒めた。
「照れるねー、兄ちゃんもこの子の魅力を分かってくれたか! 私のセネルは何でもできる子だぜ」
「どこが、安全……なんだ……」
 イラーナの提案した突拍子もない安全なルート、空という選択に、フラビオは度肝を抜かれて声もまともに出なかった。
 なんせ、
「フラビオさん、ほら、雲が綺麗ですよ! 目を開けて!」
「ぷぷ、大丈夫か? フラビオのヤツ」
「今だいたいヨートゥン二十体分くらいの高さだね。上も右も左も青。そして下は緑と茶。大地に茂る森がまるで、ただの苔のようだ。万が一、振り落とされたら間違いなく命はない。地面に叩きつけられたことも分からないまま死ぬだろう」
「うるせえええ!! そんな分析いらねーよ!!
 フラビオは高いところが苦手なのだ。イラーナがずっと安全なルートとやらをフラビオに説明しなかったのはソリアードを使い魔としていることをできればおおやけにしたくないということもあったが、彼が高所恐怖症だということを知っていたからだった。
 一番前に座っているのはイラーナ。そしてハイメとチキータが並び、その後ろにはフラビオがいた。フラビオは目を固く閉じて視界を真っ暗闇にし、へっぴり腰でチキータに腕を回して抱きつく格好をしていた。チキータは少しだけ頬を紅潮させている。
 そんなチキータが首だけ振り返って、やや苦笑気味に言う。
「こんな綺麗な景色なのに……見ないと損しますよ……?」
「もう嫌だ……早くロシュエルに着いてくれ……地面を踏みたい……」
 チキータがハイメと顔を合わせる。そしてチキータはため息をつき、ハイメは黙って肩をすくめた。
 景色だなんだと言われるたびに、強く閉じるフラビオのまぶたの下に彼にとっての恐ろしい風景が広がる。見えていないのに、辺り一面青の世界にいる気がしてしまうのだ。まあ目を閉じていようと自分たちが風を切っているのだけは肌で感じてしまうわけなのだが……フラビオはどうしてもそれを否定したかった。
「もうだいぶ飛んでいる気がしますけど、今どの辺りですか?」
「そろそろ国境になってる川の上を通るよ。そこを超えたらいよいよティスニア帝国、ロシュエル郊外になるぜ」
 そう言うとすぐ、幅広い川が見えてきた。周囲の森や村落と比べてもかなり大きい。そしてその広い水面の向こう側には、ぽつんと見えるロシュエルの高い石壁がある。といっても、セネルが飛行している高さには到底及ばない。
 イラーナがわざわざ後ろを向いて叫ぶ。
「ちょうど今、川の上を飛んでいるところだー! 落ちたら生きて帰れないから気をつけなー! あー、あとロシュエルの石壁も見えてきたぜー! あの馬鹿でかい城壁も、さすがにこの高さだと小さいねー!」
「ちくしょう、やめろ……降りたらただじゃおかねえぞ……」
 今もなおまぶたを接着しているフラビオの頭の中に、ぼやけていながらも情景が浮かび上がってくる。下に広がる水色の太い線。そして先に見えるとても小さな灰色。体の震えはいつまで経っても止まらなかった。
「今川を渡り終えたぞー! ロシュエルに入ったぜー! 人がゴミどころかチリみたいだー!」
「勘弁してくれ……」
 そんな二人のやりとりに挟まれていたチキータが、ハイメの異変に気がついた。彼は何かを気にかけているようだ。
「ハイメ、どうしました?」
「うーん、まだ遠すぎて何とも言えないけれど……あまり状況がよくないみたいだ」
「よくない?」
「コラソンちゃんが、精一杯カシアを止めようとしている……そんな感情をを感じる」
 ハイメが感じ取っている感情は、ロシュエルに近づくに連れて確かなものになっていった。コラソンの心がひどく乱れている。そしてだんだん……フラビオに助けを求める内容へと変化している。ハイメはそう感じていた。
 ハイメは、普段から読心魔法を垂れ流すように展開しているのだが、気持ちを切り替えて本気で集中してみた。徐々にコラソンの心の中身が言葉に変わっていく。フラビオ、アンナ、カシア、地下、魔族、孤児院、ニコラス……。
「ニコラス……誰だ?」
「ニコラス?」
 チキータが復唱する。それを聞いて、フラビオがおずおずと訊き返す。
「ニコラス? ニックがどうかしたのか?」
 体はまだ震えているが、どことなく緊迫するハイメの声音に、フラビオは胸騒ぎがしたので勇気を出して目を開いている。
「キミの知り合い?」
「俺の知り合いでもあるし、コラソンの知り合いでもある……というか弟みてえなものだな。孤児院で一緒に暮らしてたよ。俺が一番可愛がってやってた奴だ。本当は、この前ロシュエルに寄ったときに挨拶しに行きたかったんだよな、チキータと一緒に」
 ニコラスはフラビオよりもあとに孤児院に来た、魔族の男の子だ。なかなか周りに馴染むことができていなかった彼に、初めにフラビオが声をかけた。そして流れでコラソンとも身近になった。フラビオにとってもコラソンにとっても、孤児院の中で仲のいい部類だった。
「どうも……その子が、カシアに殺されようとしているみたいだ」
「は……?」


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