チキータの遺産第一幕 呪いの指輪◆6

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 再びビークルを発進させて間もなく、ほどよい揺れが眠気を誘ったのか、チキータは眠りに落ちていた。それに、前日に誘拐、監禁があった昨日の今日の追っ手との戦闘とくれば、疲れが貯まっていても不思議ではない。
 フラビオは、腕をハイメの魔法で処置してもらった。だがハイメは治癒魔法が得意ではないというので、普通の応急処置よりも多少はマシな程度……あとでしっかり治療したほうがいいと言われたものの、ビークルの操縦桿を握るのに支障は出ていないので、今のところは問題ない。
 仰げばいつの間にか空には厚い雲が覆い、いつ雲行きが怪しくなるかわからない状態になっていた。
 茶番の直前にあったハイメとの会話をコラソンに話して、一応は理解を得たものの、彼女はハイメをかなり警戒している様子で、雰囲気はあまりよろしくない。かくいうフラビオ自身も、完全に心を許したわけでもないが、どんよりした空気になるのは勘弁願いたい。
「へえ、今は孤児院の院長なんてやってるんだ、あの人も物好きだね」
「つっても、自警団の団長も兼任しているから腕は鈍ってないはずだ」
 ビークル操縦の片手間に、雰囲気をまぎらわそうとカシアに会いに行くことを予定していると話すと、ハイメはカシアのことを知っているようだった。
(まあ、知らないほうがおかしいか)
 かつてカシアとテネブラエは、本気で殺し合いをしている。自分の従者をその場に置いていてもおかしくはないし、それなりに有名な人物である。
「俺やコラソンは、ロシュエルの孤児院出身なんだ。あの人なら、何か助言をくれるかなと思ってよ」
 カシアも魔族の血が流れるハーフだが、フラビオたちにとって、母親に相当する存在であることに違いはない。彼やコラソンを含め、孤児院で育った者たちが行き詰ったとき、その道しるべとなるものを与えてくれていた。
(だから今回も……)
「私、なんだか怖くなってきた」
 フラビオの思考を遮ってコラソンが言った。同時に彼の頭に一点の曇りがよぎる。あまりにも頼りない、自分自身への憤りのような、もやもやした気持ちに心が支配される。
「なにがさ」
「カシアさんにチキータを会わせるのが。フラビオが欲しい助言って、いったい何? アンタは何を求めてるの?」
「何って、今後チキータをどう扱ってやればいいかとか……」
 フラビオは自分が情けない応対をしていることに気が付きつつも、いまいちピンとくる具体的な対応策が浮かんでこない。実際に、ただ漠然とカシアに頼ろうと考えていただけで、それ以外何も考えてこなかった。
「どうして、そんなに……ちょっとポジティブに考えすぎよ、アンタ。二百年も前だとはいえ、二人は本気で殺し合いをしてる」
「…………」
 フラビオは答えられない。彼自身も心の中では、考えたくもない一つの可能性が捨てきれていないことを示していた。フラビオが黙りこくっていると、その可能性を具体的な言葉にして、コラソンが口にしてしまう。
「もしも、もしもだけど、カシアさんがチキータを殺せと助言してきたら、アンタはどうする? それに従う?」
「……待てよ、昔はどうだったか知らないけどよ、チキータは今はこんなに可愛い女の子じゃん、娘とか妹みたいなもんだって、コラソンも自分で言ってただろ?」
 質問に対する答えになっていない。完全なる逃げ。現実逃避の発言だった。口にしたと同時にそのことに気がついていたが、今さら弁解する気も起きないし、弁解したところでその後に口にできる言葉もない。
「そう。だから、だから自分で決められないアンタに腹が立った。根本的なとこおかしくない? カシアさんが、チキータのこと大切に扱ってくれるって前提で話を進めるのは危ないとは思わないの?」
 ビークルの操縦中なので正面から目を離すことはできないが、顔を見なくともわかる。コラソンがとても不安げにしているのは間違いなかった。ところどころ声がくぐもっていて、もしかしたら今にも泣き出しそうなのかもしれない。ここまで弱気な彼女の声を聞いたのは、以前孤児院にいたとき以来で、フラビオは戸惑った。
「そ、それは……」
「それは?」
 フラビオが黙りこんで数秒して、意外な、しかし適切とも言える人物が口を挟んだ。
「別にカシアが敵になろうとならずとも、キミたちはすでに危険な状態だ。少なくとも、チキータは帝国に追われる身となった。そしてそれをかばうキミたちはやはり同じく帝国の敵になりかねない」
 ハイメは一息ついて言葉を区切って不敵に笑う。
「まあそもそも……今さら一人や二人敵が増えたところで、何も変わりはしない。なぜなら……チキータに手を出すのは、僕が許さないからね」
 フードの下から覗く気味の悪い微笑みが言った。そして彼は手の上で氷の刃を生成してみせ、フラビオの喉元まで持ってくる。フラビオは唾を呑み込んだ。これは自分がいる限り、チキータに手をだせば殺すという意思表示なのだろう。
「へえ、それは心強いわ」
「誰もキミたちを守るなんて言っていないけど?」
「…………あっそ」
 あくまでも、ハイメが守る対象はチキータであって、チキータの周囲にいる者たちではない。こいつの目にはチキータだけが映っていて、それ以外はただの背景でしかないのかもしれない。
 空は依然として曇ったままで、今にも雨が降り出しそうだ。
 再び辺りが静まり返り沈黙が訪れると、チキータの寝息がビークルの車輪の音に混じって聞こえてきた。
(最近、眠ってばかりだな、こいつ)
 数時間無言で走らせたビークルを止め、休憩をとる。傾きかけていた天候はなんとか回復し、結局雨は降らなかった。とくに何も起きず、予定の半分まできた。このペースでいけばあと数時間でロシュエルに到着するはずだ。
 フラビオとコラソンが生まれ育った町。フラビオは情報を得に……というよりかは仕事を探しに一ヶ月に数回、コラソンはファフル自警団の任務で半年に一度は出向いている。
 だが、チキータがあの町に行くのは初めてのことだ。自分たちの故郷を自分の妹のような、娘のような存在に見せてやりたい、そんななんとも言い表せられない感情に、やや不安を含みつつも、フラビオは少しだけ心が踊っていた。
「今日中に着くのは無理そうだな」
 夕飯を用意しながらつぶやく。
 時は夜。様々な強さや色に輝く星々が、空の紫を通してフラビオたちを見下ろしている。このまま休まずビークルを動かし続ければ到着はその分早くなるが、夜が明けるまでに到着するのは難しい。
「そうなんですねえ」
 とりあえずご飯を食べましょう、と言わんばかりの満面の笑みで起きてきたチキータが、のほほんと言う。食って寝てばかりなのに、なぜこいつは太らないんだとつくづく疑問に思いながら苦笑した。
「この時間じゃもう城門は閉まってるだろうな」
「閉まってようが開いてようが、このビークルの中で寝泊まりしたほうが得だと思うけどね」
「まあ、それもそうだな」
「そうと決まったらさっさと食事を済ませて寝るわよ」
「ああ」
 みんなでシェル側に集まって夕飯の支度をしながら、コラソンの判断に同意を表明した。フラビオたちはここで野宿することを決定。
 したはずだったのだが。
「僕は反対」
 軽い調子で、例の厄介者、ハイメがまたも口を挟む。フラビオは、わざとらしく嫌な顔をしながら、相手の調子に合わせて適当にあしらってやる。つまらない冗談に付き合っている暇はない。
「じゃあお前は一人で飛んで行け。お前は魔族としては優秀そうだし、飛行も得意なんだろ?」
 しかし、雰囲気は一変、ハイメは眼帯をしていない蒼い目を鋭くして、思いっきり近づけてくる。
「それじゃあ意味が無いんだよ」
「ちけーよ! じゃあなんだっていうんだ」
 フラビオは眉間にしわを寄せてハイメを引き剥がし、話の続きを促した。
「……まだ遠いけど、後ろから何か近づいてくる。チキータをつけ狙う奴らだ、間違いない。僕は彼女と一緒にいたくて……彼女を守るためにここにいるの。その僕が一人で飛んでいってどうすんのさ」
 近づいているという話が本当なのかどうなのかは置いておいて、この道はロシュエルまでほぼ一本道だ。今頃慌ただしく自警団が動いているだろうし、言われてみればここにとどまるのは得策ではないかもしれない。
 会話はチキータにも聞こえてしまっていたようで、食器を準備する手を止め、心配そうな面持ちでフラビオたちの様子をうかがっていた。
「お前、操縦できるか?」
「そこら中へこみだらけにしていいなら、してもいいよ」
「お前もかよ……」
 フラビオはコラソンの顔をふと思い浮かべながら言った。
「お前もというと?」
 疑問を抱いたハイメに、フラビオはコラソンの方をちら見してからこっそり耳打ちする。
「ひどい操縦するやつがこの中にもう一人いるんだ」
「へえ」
 とにかく、ビークルを操縦できるのはこの中ではフラビオだけだ。もし、追っ手を気にしてビークルを動かし続けるのであれば、必然的に彼が一人で操縦桿を握り続けることとなる。夜中ビークルを走らせなければならないと考えるとなんだか体中が凝ってきて、首をぐるりと一回転。
「それじゃあ私が」
「お前は駄目だ!! 絶対に!」
 コラソンが意気揚々と言うのを聞いて、フラビオは声を荒らげて精一杯制止した。コラソンは不服そうだ。
「なんでよー」
 ぶつくさ言いながらも彼女は引っ込んだ。
 コラソンが操縦するビークルに乗るだなんて、想像するだけで怖気がするとフラビオは思った。コラソンも自警団絡みで操縦の練習を機会があって何度か挑戦したらしいが、何台も教習用のビークルを破壊したという話を聞いた。無論、教習施設の設備をいくつも巻き込んでだ。
 当然ながら、それらは弁償しないといけないわけで……こいつに家がないのはそういう理由によるものだったりする。
 となると消去法で。
「しょうがねえ。分かってたことだけど俺がやるしかないか」
「ごめんなさい……私がいるせいで……」
 渋い顔をしていたフラビオを見かねてか、長い黒髪を垂らして地面を見つめるチキータが近くに寄ってきていた。
「私、なにかまずいことしたんでしょうか……」
 その言葉にフラビオは胸が裂ける思いがした。今のチキータに、世界を破滅に導き損ねた者のとしての責任を、問う必要なんて、ない。フラビオはそう信じている。
 やや間はできてしまったが、なんとか言葉をしぼり出そうとした。こんな場面で黙ったり返答を遅らせるのは問題になるということくらい、俺でもわかる。
「大丈夫だ、きっとカシアさんがなんとかしてくれる」
 フラビオはそんなことを口にしてみたものの、その言葉を自分の耳で聞いてみるととても頼りなかった。そんなフラビオをしばらく見つめて、チキータはぽつん、と言葉をこぼす。
「フラビオさん、一つ相談したいことがあります」
「おう、なんでも言ってみな」
「その、実は……」
 彼女は、実は、その、実は……そんなことを繰り返し口にしていた。やがて神妙な面持ちで、口をつぐんでしまう。なにか言いたげにしつつも、言葉が出てこない。そんな顔だった。フラビオはしばらく言葉が出てくるのを待った。
 月光が二人の影を照らし出している。背丈の高い影は顎髭を人差し指で撫で、背丈の小さい方の影はしおれた尻尾をゆっくりと振っていた。
「どうしたよ、チキータ」
 あまりにも間ができたので、フラビオが続きを促して少し待ってみるものの、やはりチキータの口は開かれなかった。
「ハイメが気になるのか?」
「いえ……その、そのですね。いつも守ってもらってばかりだな、なんて」
 チキータは後ろめたそうに言った。
「そんなこと気にするな、お前は大事な妹みたいなもんだ、守ってやって当然だぜ」
 フラビオがそう言ってやると、チキータは口元を緩ませる。
 しかし発言してみてから、フラビオは一つ不審な点に気がついた。自分が守ってもらってばかりだなんて話は、明らかに、実は……という言葉から繋がる内容でもないし、相談でもないということに。
「そうですね……ありがとうございます」
 それでも、さっきまでと打って変わってチキータの顔は明るくて、頬が赤み帯びている。そんな状態の彼女を前に、結局言いにくそうにしたまま終えた話を、今さら掘り返そうとする気にはなれないフラビオがいた。
「それじゃ、私は明日に備えて寝ます」
「ああ、おやすみ」


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