午前0時を回る頃3 一週間前(終)

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「ええー! マジ!?」
「ちょ! やめてよ美沙子ちゃん。声大きいって」
「いやあ、ごめんごめん。でも普通びっくりするって。イトコを好きになっちゃうなんて」
「だよね……。私、おかしいのかな」
「うーん、確かに今の時代じゃタブー視されるし、周りから反対されるかもだね。でも、イトコは四親等だから」

 私はいつしか従姉の秀美姉さんのことが好きになっていた。 今それを親友の石林美沙子ちゃんに打ち明けたところである。
 驚きを隠せない様子の美沙子ちゃんが街中で大声を出すものだから、思わず顔が引きつって赤くなった。

「いっそのこと先に本人に告っちゃえば? とりあえず付き合うだけなら問題ないっしょ。ちーちゃんのお母さんは私のお母さんと違って、そういうところ緩いんでしょ?」
「それはそうだけど……。従姉なんだよ、従姉。もし今までの関係さえ崩れたら私おかしくなっちゃうかも……」
「はは……それに関してはちょい笑えないね。ちーちゃん感情的になると少し怖いから」
「だよね……」

 美沙子ちゃんは目の下の切り傷を軽くこすってうつむいた。
 
 私は感情的になりやすい。自分にはよくわからないが医師によれば、一部の音に敏感で心の中が乱れやすい。
 とくに雨の音が大嫌いで、小学校の遠足の帰りに雨が降ったとき、情緒不安定になって美沙子ちゃんを傷つけてしまったらしい。
 その傷は大きいものではないのだが、やはり顔、とくに目のそばにあるとなると見た目が良くない。
 私はいつもそのことを気にして生きてきたが、美沙子ちゃんは高校生になってもずっと私の親友でいてくれた。
 いつ暴走するか分からない。そんな自分は皆に軽蔑され避けられていたから、それはとても嬉しいことだった。
 こうして今私の相談に乗ってくれる美沙子ちゃんは、とても心が広くて優しい人なんだと改めて思う。
 と、しばらく陰鬱とした空気になってしまったのをなんとかしようと、美沙子ちゃんがおじさん臭く咳払いして語りだす。

「おほん。『挑戦すれば必ず報われるとは限らない。だけど挑戦しなければ報われる可能性はゼロなんだよ』」

 いきなり難しいことを言うものだから、私はぽかんと口を半開きにして黙って彼女を見つめていた。

「…………うん」

 せっかく良いこと言ったのに! と言わんばかりに、沈黙に耐えかねた美沙子ちゃんが恥ずかしさのあまり声を荒げる。

「もー!! なんか言ってよ!」
「えへへ。ごめん。で、それ何?」
「意味はその言葉のとおりだよ。私のバイト先の先輩がね、よくそう言って私の背中を押してくれるの」
「いい先輩だね」

 美沙子ちゃんの家はあまり裕福ではなく、本当は高校に通うつもりはなかったらしい。というか、両親がそれを許してくれなかった。
 うちには金がない。だから働いてくれないと困る、と。
 美沙子ちゃんは両親に何度も何度も頭を下げて、『バイトを行いつつ、奨学金を貰える成績優秀者で居続けられれば通っても良い』という条件付きでなんとか高校へ入学した。
 苦しい家計を支えつつ学業でトップに居続けなければならない。そんなこと私には想像もつかないから、イマイチな応援しかできなくて情けない心持ちだった。
 でもその先輩が、元は優秀な成績を収めていた学級委員長、いわばクラスのリーダー的存在であり、よく意気投合するのだと嬉しそうに語る。
 美沙子ちゃんがその先輩に、そして私が美沙子ちゃんに心を支えられている。
 この回り巡るような繋がりを思うたび、世界って広いんだなぁと思う。

 そんな掛け合いから数週間後、自分たちの誕生日がやってきた。
 実はこの日は私と、妹の千春が同時に歳を重ねる日。
 ただし千春にとっては私より四回少ない誕生日。
 ゆえに双子というわけではないが、この一体感からすこぶる仲が良かった。
 そしてこの日、従姉の秀美姉さんは毎年私たちを祝うための誕生日会を開いてくれる。
 それはとてつもなく豪華で気品高く、私たち二人が秀美姉さんにどれだけ好かれているのかよくわかった。
 それならもう迷う必要はない。私はそれを再確認したくてこの日まで待っていたのである。
 言うよ、言う! ……よし! 言っちゃうから!
 告白しないで後悔するより、告白して後悔したほうがいい。

 挑戦すれば必ず報われるとは限らない。だけど挑戦しなければ報われる可能性はゼロなんだよ。
 この言葉に背中を押されて、私の中の天秤はリスクとリターンを量るのをやめた。

「ただいまー」
「おかえり!」
「おかえりなさい!」

 秀美姉さんの声が聞こえると、私は妹と二人で玄関に駆け出して秀美姉さんを迎える。
 今年の誕生日会に限ってはお母さんが不在だったため、一人暮らしの秀美姉さんの家で行われたのだ。
 その手には黒いバッグと一緒にケーキの箱が握られていた。

 さて、三人でトランプ遊びをしたり、某携帯ゲーム機で遊んだりしているうちにあっという間に夜になった。

 私は布団から頭の先っぽだけを出してちらっと掛け時計を確認する。針は午前0時を指そうとしていた。
 もうとっくに千春は寝付いた頃だろう。そう思い、私は左隣に敷かれた布団の中へガサゴソと移動し、秀美姉さんに話しかけた。

「パジャマパーティしよ、秀美姉さん」

 愛してます! 好きです!
 いきなりこう言うのはさすがにおかしいと思ったので、何気なくそういう話に持って行こうと努力する。
 成績や進路について話したり、先生の愚痴をこぼしたり。
 そしてそのパーティも軽く盛り上がってきたときだ。
 私は用意していた言葉を切り出した。

「秀美姉さんって好きな人いるの?」
「いたけど……フラれちゃった。私ってほら、仕事のほうが好きだから」

 よし! 秀美姉さんに恋愛相手はなし! これならきっと行ける!
 私は思い切って話を進めていく。

「じゃあ……じゃあさ、私のこと好き?」
「いきなり何を言い出すのかと思えば、当然じゃない。好きよ?」

 私はまさかの反応にびっくりしてしまう。
 今まで相思相愛だったということか! なんて素晴らしいんだ!
 私は踊り出したい気分になった。

 日本では結婚に関する憲法に「両性の合意_」がなんとかかんとかと書かれている。
 法律とは憲法に基づいて立法されるものだ。このため、同性婚というものを法的に認めたくても不可能なのである。
 だが事実婚という言葉がある。ちょうど私は今日十六歳になったし、結婚を申し込んだら受理されるかもしれない。

 また、法的に認められないという件について。これは夫婦間の平等と自由結婚の権利を確定するために書かれたもので、同性婚の禁止あるいは同性愛者の差別や排除を意図したものではないという見方もされている。
 つまり同性婚合法化の国民の声が高まればそのうち憲法改正がされる可能性も少なからずあり、そうなれば秀美姉さんと正式な結婚も可能ということだ。
 言ってしまうなら今しかない。

「私たちって従姉妹だよね。従姉妹は四親等だから、私たち結婚できるよね?」
「結婚!? ……そりゃ四親等ならできるけども、私たちの関係じゃちょっと問題があるわよね」

 秀美姉さんが目を見開いた。いきなり結婚というのはさすがに話が飛躍しすぎていたかと反省しようとした。
 やはり美沙子ちゃんが言うように、まずお付き合いからのほうがいいのだろう。

 だが、あまりにも興奮してしまった私には、自分自身の歯止めすら効かなかった。

「つまり、秀美姉さんは私のこと嫌いなの?」
「そうじゃないけど……」
「じゃあどうして? 千春が生まれてから、全然私のこと見てないじゃん……私、すごく寂しいの。秀美姉さんに嫌われてるんじゃないかって」
「そ、そんなわけ……」

 秀美姉さんは顔立ちもよく性格も悪くないから、放っておけばどんどん男が寄ってくるはずだ。
 なんとしても秀美姉さんが欲しくて、私はあることないこと言ってしまう。
 そんな私の様子にどうしていいのかと、秀美姉さんも混乱していた。

「そんなわけ……あるの? そういうこと?」
「…………」

 秀美姉さんはパクパクと口を動かすだけで何も返事は返してくれない。

 しばらくの沈黙の後、私の最も嫌いな音が鳴り始めた。

 暴走した私は誰にも止められなかった。
 自分自身でさえ。
 気付いた時には発狂して、小刀のようなものを右手で振り回して喘いでいた。
 何かを懇願する声がする。誰かが懇願する声がする。
 何かをやめて欲しいと。
 でも、何をやめればいいのかよくわからない。
 外界からの音はすべて例の嫌いな音に書き換えられ、もはや何を言われているのかわからなくなっていた。
 美沙子ちゃんが傷を負った日と今の状況はよく似ている。それだけはなんとなく分かった。
 でも、詳しくは忘れちゃった。
 私はその泣き叫ぶ人影に感情を剥き出しにして突っ込んで、逃げられるたびにそれを繰り返す。
 なんだかおかしかった。自分を縛り付ける全てから開放された気分になって、まるで狂喜のダンスを踊っている――そんな気持ちになる。こんな状態がずっと続けばいいかなと思ってしまうほどだった。

 けれどそれは、ふとした瞬間に終わってしまった。
 でも同時に、終わってしまって良かったと思えた。

 胸が痛い。自分の胸に何かが――ナイフが刺さっていた。
 それを改めて見て、私が暴走したことを再確認した。

「姉さん……」

 ――ごめんなさいと言いたかった。
 でも声がかすれて口から空気しか出てこない。
 ナイフが刺さった痛みももちろんあった。
 だけど、自分がこんなことになってしまって、そんな姿を秀美姉さんに晒してしまったという状況。
 そんな私を恐怖して見つめる秀美姉さんの視線が、こんなちっぽけなナイフよりも深く胸に突き刺さった。

 私の意識は暗闇に沈んでゆく。前後左右、そして上下も真っ暗闇で、目を凝らしたところで何も見えない。
 まぶたの重みに逆らうことをやめる。すると身体がどんどん冷たくなった。

 しかししばらくその波に体を委ねていると、なぜか今度はだんだん暖かくなり始めた。まるで温水プールにぷかぷか浮かんでいるみたいだ。

 どうしてだろうと目を開けて、横になったまま左右に顔を傾けると、少し離れた場所から笑顔の秀美姉さんが手を振る姿が視界に入った。相変わらず真っ暗闇のままだったが、秀美姉さんの姿はなぜか捉えることが出来たのだ。
 それを見て私は頬を緩ませた。秀美姉さんは暗黒世界を――液体なのか、固体なのかすらはっきりしない地面を踏みしめながら歩み寄り、私を抱き起こす。

 秀美姉さんが私の目を見つめながら私に顔を近づける。鼻先にチクっと髪が当たり、思わず手を伸ばして柔らかな髪束を握りしめていた。そういえば私の髪は、秀美姉さんに憧れて伸ばし始めたんだっけなぁ。
 私はずっと何も言わなかった。そして秀美姉さんも。だけど、何も言わなかったけれど私を強く抱きしめてくれた。

 その一瞬の間、一気に秀美姉さんとの思い出が蘇る。
 小学校までの通学路を歩いて案内してくれたこと。中学の入学お祝いにとある記念品のシャーペンをプレゼントしてくれたこと。
 そして家を派手に飾ってくれる、毎年の誕生日会のこと。

 私はこの上なく幸せな気分になって、そして私の思考は停止した。


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