藍色のハンカチ1 冬、買い物からの帰り道

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 季節は初冬。歳の離れた社会人の姉とともに行った、買い物からの帰り道である国道沿い。
 雪たちが粉となって冷えた風に身を任せて舞い、少しずつ道端に降りていく。車道はさすがにまだまだだが、歩道の方ではすでに薄く白い膜のように積もっていて、自分たちの後ろには二つの足跡ができている。
 僕はレジ袋を持っていないほうの手をポケットに突っ込んで、オープンフェイス型の古びた懐中時計を意味もなくいじくり回した。
 時が流れるのは早い。大人というものに近づいていくほど、その感覚は確かなものになっていく。まだ中学生の自分が言うものませた話だとは思うものの、自分もじきに高校受験を迎え、高校生となる日がやってくるのだ。ふと、小学生のときが何も考えずとも楽しかった時期だったなあ、などと思うと同時に、まだ高校生活も体験していないくせに、と心の中で自嘲した。
「ここ、なくなっちゃうのか。さびしいな」
 前を歩いていた姉が突然足を止めて言った。先ほどまで作られ続けていた二人分の足跡が生まれなくなる。さらりとした長い髪をかきあげる姉が顔を向けている先には、アパート建設予定地と書かれた看板が入り口で堂々と居座る、広い空間があった。
「最近こっち通らないから、知らなかった」
「僕も」
 嬉しさから来ているとはとても言えない姉の笑みに、僕は心を痛めた。ここは確か、公園だったはずだ。小さい頃、姉によく連れて来てもらっていた。広さのわりに数少なかった遊具とベンチは、とっくに撤去されてしまっている。
 僕にはとくに思い入れのない場所だが、ここは姉にとって大切な場所だった。姉は未だに彼氏ができたことがないからか、よく初恋の話をする。その初恋というのは姉がまだ小学生だった頃の話。もう十六年も前の話なので記憶は曖昧、だから話を聞く度に内容は細かく変わっている。だが、その内容の中で唯一変わらないのが、この公園で中学生の少年に惚れた、という部分だ。
「そっかあ、なくなっちゃうのかあ」
 姉はその初恋の話をいつもみたいにお気楽に振ったりはせず、小さくつぶやいてから再び歩き出した。僕も置いていかれないようにその後に続く。
 この村は畑やら田んぼやらが見渡す限り広がっていて、都会のガラス張りのビルのような、視界を遮るものが一切ない。結構離れた場所にあるものもよく見える。いくつかの田畑を超えた先に自宅の屋根を認めると、僕はこう切り出した。
「じゃあ、僕はノートを返しに行ってくるから」
「まだまだ家は遠くでしょうが」
「これ以上家に近づいたら、また引き返さなくちゃならなくなるじゃんか」
 僕はそう吐き捨ててレジ袋を姉に押し付けると、友人の家へと向かうことにした。僕の本来の目的はこっちだ。今日の買い物は荷物持ちとして、出かけるのなら付いて来いと半ば強引に付き合わされたのである。後ろで姉が何か文句を言っていた気がしたが、聞こえないふりをする。
 うちは母子家庭で、母は仕事で朝早く出勤し夜遅く帰宅する。なので家事全般は姉の領分だ。母子家庭といっても、その原因は離婚ではなく死別。父は僕が二歳のときに交通事故に遭って亡くなってしまった。女手一つで自分を育ててくれた母にはもちろん、ずっと幼い頃から僕を見守ってくれている姉にも感謝している。姉は自分にとって親だとか保護者と言えなくもない。
 歩道というものがない、田畑に挟まれた道が先ほどよりも増えてくると、ただひたすらに友人宅を目指すのも飽きてきたので、あっちこっちに視線を向けながら、そして片手でやはり古びた懐中時計をいじりながら歩む。今歩いている正面に長く伸びる道にも、あの歩道と同じように薄く雪が積もっている。違いは、歩道と車道の明確な区切りがないこと、そしてたまにしか車が通らないので国道のように雪がぐちゃぐちゃにはならず、車輪の跡が綺麗に残っていたことだった。雪が剥がれたところには、タイヤの溝の形にアスファルトが透けている。今度は首を回して周りを見る。田畑の中にぽつぽつと建っている民家、そしてその合間に、件の公園もといアパート建設予定地が見えた。
 僕はアパート建設予定地を視界に収めながら、自分のスノトレシューズが雪を踏む音を確かに聞いていた。風に乗ってきた冷たい粉雪が頬に触れる。体が凍え、震えるのを感じた。未だにポケットに手を突っ込んでいじっている懐中時計に繋がるチェーンがガチャガチャと音を鳴らして存在を主張していた。
 暑いのは服を脱げばいいが、寒いのは服を着こまないと改善できない。この時期は家の中でも日が差さない自室がとくに寒く、勉強するにもジャンパーを着ている。ガサガサと音が耳障りな音が響いて勉強にも身が入らないから寒いのは嫌いだ。
 寒いなあ、早く暖かい季節にならないかなあ、などと考えていたとき、唐突に足元がおぼつかなくなる。雪景色によって真っ白だった視界が徐々に暗闇に覆われていき、立っているのか、座っているのかも分からない。
 直後。僕の冬は、一旦終わりを迎えた。

 

 


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