ルテリカ王国物語第二章 心の傷に巣食う闇◆5

トップページ
この小説を一話から読む

10

 

 三人で談笑しながら食を進めて、やがて朝食を終えた。一番初めに片付けを終えたフェリクスがひとりごちる。
「さすがに遅くないか」
「僕も思っていたところだよ」
 片付けを続けながら、ケビンが同意した。
 レジスタンスと王国兵が争っていたあのときから、もう数時間が経過している。しかも、三人があの場から離れたのは、もう銃声がずいぶんと減ったあとだった。とっくに戦闘は終わっていてもいいはずだ。
「片付けを済ませたら一旦出るか――」
 と、その時。
 ケビンが運んでいた食器が落ち、割れる。ケビンが横たえたのと、その銃声はほぼ同時だった。
 火薬の臭いのするほうに顔を向ければ、そこには銃を構える王国兵の姿。どうもケビンは脇腹付近を撃ち抜かれてしまっている。
「カタリナ! 行け、奥だ!」
「う、うん……!」
 フェリクスが視線で地べたに置かれたランプを示した。意図を汲み取ったカタリナがとっさにそれを手にとって、一人ランプを持って奥に駆けていく。
 フェリクスは素早く倒れたケビンを抱きかかえ、洞穴の入り口に向けて拳銃を発砲する。カタリナの持つランプの光が奥深くへ消えたのを確認してから、鉛玉を数発お見舞して地面を弾くように蹴ってそのあとに続く。
「奥だ! 続け!」
 後ろから男の怒声が響いた。
 ケビンは軽鎧をまとっていてもびっくりするほど軽かったので、フェリクスが抱えるのにも苦労しなかった。
 彼が撃たれたのは不幸中の幸いだった。もしもフェリクス自身が銃撃を受けていたら担ぎ手がいなかっただろうし、カタリナが動けなくなったら治癒をしてくれる人間がいなくなってしまう。もちろんフェリクスにも治療の心得があるにはあるが、設備の限られたここでは限度というものがある。
 ケビンの体を土壁に打ち付けないように気をつけながら、曲がりくねった暗闇をいくらか進むと、ランプの光に照らされるカタリナの姿が見えてきた。あっという間に追いついてしまう。
 彼はカタリナの走るペースに速度を緩めたが、どんどん追っ手の気配が近づいてくる。
「くそっ……」
 このままでは、追いつかれる。しかし、さすがにケビンとカタリナの二人を担いで追っ手を振り切る自信はフェリクスにもなかった。
「カタリナ! 魔法で壁を張れ!」
「え……でも、私、治癒しかやったことないし……」
「爆破かなんかで後ろの天井を崩してもいい。早く!」
 カタリナは迷っていた。治癒以外の魔法を彼女は使ったことがない。母にはよく、優秀な魔女だと褒められたものの……果たして、それはお世辞ではないのか。
 自分には治癒以外の才能があるのか。それを知るのが怖くて、カタリナは他の魔法を使うのをためらっていた。
「迷ってる時間はない。頼む」
 フェリクスが真剣な眼差しでカタリナを見つめ、彼女が見つめ返す。彼の脇に担がれたケビンは、腹から出血しているのが見て取れた。
 カタリナは深呼吸をし、自己暗示をかけ、決意を固める。
(私は……やれる。やってみせる)
 真反対に方向転換したカタリナが、虚空にまっすぐ腕を差し伸ばし、呪文を詠唱する。
「〝土の精霊を従えし大いなる存在よ、黒鉄の障壁を用いて我らを守りたまえ〟」
 輝く魔法陣が浮かび上がったその直後、追っ手が迫りくる通路をふさぐ鉄の壁が、地面から生えるようにして現れた。その後、壁の向こう側から何発もの銃声が聞こえ続けたが、突き破る気配は微塵もなかった。
「よくやった、カタリナ! やればできるじゃないか」
「で、でも……ちょっとつらい」
 魔女の直感でカタリナは自分の魔法がまだ未熟であることを感じていた。集中力が途絶えたら、間違いなくこの壁は消えてしまう。
 やや苦しそうにしているカタリナを見て、フェリクスはとりあえず応急処置を済ませたあとに、この場を離れて改めて彼女に治療してもらおうと考えた。
 腰当てと胸当てを外し、血に染まった服を脱がしていく。ケビンは、胸にさらしが巻いてあった。命中した箇所が脇腹なのは間違いないが、銃弾が胸に抜けている可能性もあるので、フェリクスはさらしを外して確認を試みた。
 肌着、さらしと脱がして目に入ったものに、彼は違和感を覚え……そして少しばかり驚いた。
「女……?」
 その胸はほんの少しだが、確かに膨らんでいた。


スポンサーリンク
レクタングル広告(中)