ルテリカ王国物語第一章 魔女の居場所◆2

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 街をぶらつきながら風にあたって酒を抜く。
 カタリナは、フェリクスに結局あのまま何も言われなかった。責められることなく終わってしまった。今さっきの出来事を頭の中にちらつかせて、申し訳無さがこみ上げてくる。
 カタリナがやりたかったこと。それは母の跡を継ぎ、〝治癒師〟になることだった。
 治癒師は、魔法を使って医者には到底手に負えない負傷の治療をしながら、各地を回る魔女である。つい最近までは皆から感謝され続ける存在で、領地の行き来に通行税がかからなかったりと、かなり優遇されていた。
「私だって……」
 私だって優しい魔女になりたかった。
 カタリナは口に出そうと思ったが、やめた。何人も、見知らぬ人々が行き交う大通りで、治癒師になりたかったなどと口にしたらどうなるか、想像もしたくない。
 五年というこの短い間に、民衆の認識はがらっと変わった。魔女は諸悪の根源であり、悪魔と契約して人々の安寧を奪い取るという考えが広まったのだ。理由はここ、ルテリカ王国の新政策にある。
 一昔前は、魔女と人間は共存の関係にあった。魔女は難病を治したり、農村に雨を降らせたりして人々に貢献し、感謝されていた。
 その頃から魔女狩りと呼べるものはあったものの、その実体は今とは異なる。昔は得体の知れない力を使う魔女にごく一部が恐怖して暴動が起き、国が鎮圧する形が一般だった。国はあのときまで、味方だったのだ。
 しかし、五年前に突如として王国が魔女狩りを政策として打ち出した。それから数ヶ月。魔女に賞金がかけられるようになり、よって、治癒師だったカタリナの母は、患者によって王国に密告され、火あぶりになった。
 本来、魔女というものは古代宗教の巫女の末裔であり、人々の安寧を願う者。それはある意味使命だった。その使命を全うするために、誇りを持って魔女としての活動に専念する家も少なくない。カタリナの家もそうだった。
 古来から今まで重んじてきた使命。魔女狩りが合法化しても、魔女たちが納得することはなかった。国に反発して、処刑される者。魔女という素性を明かしたまま使命を果たし続け、見つかり次第処刑される者。
 カタリナのように隠れて暮らしているのはごく少数で、大半の魔女は死んだ。
「最近、魔女たちがどこかに集結してるらしいぞ」
 人混みにも飽きて小路に入ろうとしたとき、カタリナの耳が男の声を拾った。
 日はまだまだ高く、人通りは多い。がやがやしていて聞き取りにくかったが、魔女という単語に敏感に反応したのだ。
 彼らは大男と青年の二人組だった。おそらく賞金稼ぎか傭兵かのどちらかだ。ルテリカ王国では、一部の職種と王国兵しか武装して街を出歩くことを許可されていない。そして彼らが背負う銃に王国軍のものとは違う紋章が入れられていることから、王国兵ではないことがわかる。
 耳をすませて会話を盗み聞いてみると、二人は賞金稼ぎらしい。魔女に高額の賞金がかけられるようになってから、手のひらを返すように魔女を狩る側になった職種だ。自然と握るこぶしに力が入る。
「ウワサじゃ、レジスタンスに加担してるっていう話だ」
「なるほどねえ。確かに、魔女狩りを国力をあげて推進してるこの国じゃ、レジスタンスに協力的な魔女は多いだろうな」
「その話、少し聞かせてもらえないかしら」
 カタリナはいてもたってもいられなくなり、二人の前に道を塞ぐように立たったが、すぐに後悔した。男たちは途端に虫の居所が悪くなり、ぐいっと顔を近づけてくる。
「なんだお前。俺たちの同業者か?」
「え、ええ。まあそんなところね」
 他にいい言葉も見つからず、カタリナは一歩引いて苦しまぎれに答える。
「ほうほう、そうか。それなら、ほら」
 片手の指で輪を作り、金銭要求の意思を示す大男。
「ぐぬぬ……」
 機嫌が悪そうに見えたのは、タダで情報を得ようとするカタリナの姿勢が気に食わなかっただけらしく、今にも暴力を振るおうというふうではない。カタリナは安心したと同時に、究極の選択を迫られる。
(レジスタンスの情報と酒……どっちのほうがおいしいのかしら)
 小遣いはさっきもらったばかりだ。まだまだたくさんある。けれども、余計なものを買っていてはすぐになくなってしまうのは当たり前のことだ。
「どこまで知っているの?」
「それはもう、なんでも知ってるぜ」
 ものすごい勢いで食らいついてきたカタリナを、男二人が丸め込んで良いように誘導していく。男たちもそれほど頭の切れる人間ではなかったが、カタリナはそれ以上に手に負えない馬鹿だった。
 カタリナはいつも意味もなく外をぶらつくか、酒場で呑んだくれるしか能がない。世間知らずの彼女は、すでに男の手のひらの上で転がされている状態にあった。
「これで……足りるかしら」
 貼り紙のお使いすらやったことのない彼女にとって、情報の相場なんてものはそれこそわからないので、適当な金額を出した。男たちに乱暴されるのも怖いので、ちょっと多めに。
 男たちが顔を見合わせる。二人はニヤついた。相場よりかなり高い金額だ。この様子を彼女に見られていれば男たちもこれ以上は吹っかけなかっただろうが、カタリナは何を言われるか怖くて、目をそらしていた。
「姉ちゃん。ちょっと足りなくねえか?」
「え……そうなの? いや、そうね、ホントだわ」
 カタリナはカタリナで、世間知らずに加えて持ち前の無駄に高いプライドを発揮。さらに銅貨を付け加えていく。男も満足したようで、ようやく情報を教え始めた。
「先週だけで二日間、公爵邸に襲撃があったんだ。誰が襲撃したかなんてのはすぐにわかった。レジスタンスの奴らだ。だがよ、レジスタンスは今まで、ずっと王宮を襲撃してたんだ」
 レジスタンスが活動を始めたのは、かなり前からだ。魔女狩りの政策が打ち出されるよりも前。その頃からずっと王宮を襲撃していたのはカタリナも母から聞いて知っている。
「妙ね。急に狙いを公爵邸に移すなんて」
「軍部から叩き潰そうとでも思ったんじゃねえかな。カルフォシア公爵は軍部のトップだし、リーダーを失うと組織は力を失いがちだ。理にかなってる」
「そういうものなの? 王侯貴族親衛隊は公爵が直々に指揮をとってるわけではないんでしょ?」
 王侯貴族親衛隊は、王族や、伯爵以上の爵位を持つ貴族を守る武装集団だ。王国軍の一部ではあるが、その兵力は他の部隊とは比べ物にならない精鋭ばかりが集っている。
「そういうもんなんだよ。たとえ公爵がその場にいなくとも、親衛隊は結局王国軍で、そのトップはカルフォシア公爵。公爵が討たれたと知ったら、王宮の親衛隊も一時的にではあるだろうが統率が乱れる。そこを突く気なんだろう」
「なるほど」
 カタリナが相槌を打つ。と、男の一人がそういえば……と漏らした。顎髭をなでて付け加える。
「リーダーと言えば、少し前にレジスタンスに明確なリーダーが据えられるようになったって聞いたな」
「えっ、今までリーダーがいなかったの?」
「いなかったよ。今までは国家転覆っていう抽象的な目的のもとに集まっていた集団だった。王国の方も、所詮、烏合の衆だと舐めてかかってたのもあって、先週の二日間は被害が大きかったって話もある」
 魔女がレジスタンスを中心に集結しているのなら、レジスタンスと接触することで仲間の魔女に出会えるかもしれない。今後もカタリナと同じような考えを持つ魔女が、レジスタンスに接触していくことも予想できる。
 首を狙われ隠れ住んでいるという魔女の性質上、ここ五年の間に彼女は一度も仲間の魔女とは出会っていない。カタリナは、仲間と会ってみたいという気持ちが高まっていた。
 それにカルフォシア公爵には、一度ぎゃふんと言わせてやりたい。ちょうどいい機会だった。
「レジスタンスってどこを拠点に活動してるの?」
 男は再度、指で輪を作ったまま手招きをした。相場の知らないカタリナも、さすがにこれはぼったくりだと気がついたが、今更引き下がるのも後味が悪い。財布に手を伸ばして中身を漁った。
「毎度あり」
「……さっさと教えて頂戴」
 銅貨を出し、ふくれっ面で催促する。今週はぜんぜん酒が呑めそうにない。


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