ルテリカ王国物語第一章 魔女の居場所◆3

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 カタリナはフェリクスの診療所にやってきて、経緯を説明した。
「というわけで、小遣いがほしいのだけれど」
「何がというわけで、だ。ていうかドア閉めろっていつも言ってるだろ」
 カタリナが診療所を訪れるときは、いつもドアが開けっ放しになっている。もう子どもではないのだから、ドアは開けたら閉めるということくらい覚えてもらいたいのがフェリクスのささやかな願いである。
「小遣いをくれたら、ドアを閉めるわ!」
 カタリナが堂々と胸を張った。ドアを閉めてもらうために小遣いを出すなんて、あまりにも分の悪い取引だ。フェリクスは当たり前のように無視をする。
「まだ一週間分の食費には十分な額だと思うけどな」
 彼は薬草をすりつぶしながら、呆れたように答える。
 フェリクスはカタリナにまだまだ甘い。酒を少しくらいは呑めるくらいには多めに小遣いを与えている上、今までもねだられては小遣いを継ぎ足したりしている。だが、今回ばかりは継ぎ足しで小遣いを与えてやる気を彼は起こせなかった。
「話聞いてた? 旅費よ旅費。公爵領まで行くのにいくらかかると思ってるの。通行証も発行しないといけないし……あとお酒が呑む金がないのよ」
「最後の一言は聞かなかったことにしてやるけど……どっちにしても小遣いはやらん」
「なんでよー。ねー、いいでしょーフェリクスー」
 半目でフェリクスをにらみつけ、カタリナはぶーたれる。
「子どもみたいに駄々こねるな」
 フェリクスが頑なに彼女を送り出したくない理由は二つある。第一に常識がなさすぎて、どこへ行かせるにも心配だからという理由。そして、二つ目は。
「そんなに私が公爵領に行くのが不安なのかしら」
 カタリナはさきほどまでの態度から一転、真面目な声を出す。石と石がこすれあう音だけがしばらく響いた。フェリクスが薬草をすりつぶす音だ。
 行こうとしているのがあのカルフォシア公爵領だから……彼は心配でならない。あそこは、二人にとって故郷であり、そしてカタリナにとっては、母が処刑された場所である。
 足を踏み入れたら彼女がどうかなってしまうのではないかと、フェリクスは不安で不安でならなかった。明確な根拠が存在するわけではなかった。だが、そんな気がしてしまうのだ。
「私には母の墓参りも許されないというの?」
 カタリナが追い打ちをかけると、薬をすりつぶす手が止まり、石がこすれあう音も止まった。カタリナの母の墓が作られているとも考えにくいが、フェリクスはあえて触れることはなかった。
「お前はレジスタンスと接触することで何がしたい。反乱に参加するのか」
「それはまだ決めてないわ」
 まだ決まっていない。カタリナが口にした言葉に偽りはなかった。しかし、魔女である彼女が反乱に手を貸すなんていうのは、彼にも簡単に想像ができる。
 カタリナが診療所内を見渡す。今日は休診日なので、二人の他には誰もいない。
「でも、私はもっと高位の魔法を習得して、人々のために使いたいの。私が目指しているのは治癒師なんだから。魔女に会ったらその人に弟子入りして、稽古をつけてもらうわ」
 フェリクスはため息をついて、カタリナの目を見た。サファイアが埋め込まれたような青い瞳は、彼女の母そっくりだった。
 フェリクスはそれを見て――カタリナの母とした約束を思い返す。子供心ながら、必ず達成すると誓った約束。
「俺は約束したんだ」
 意を決したフェリクスが頬を少し赤らめて何か言おうと口を開いたその時、何者かの足音が近づいてくる。彼は思わず口を閉じた。二人が診療所の入り口のほうを見ると、すでに誰かが入ってきていた。背丈は高くない。まだ十三、四の少年だろう。
「レジスタンスに用があるなら、僕が案内してあげるよ。旅費も僕が出す」
 少年の口から出た言葉を聞くなり、フェリクスは素早く近くにあった拳銃を手に取って銃口をまっすぐ少年に向ける。少年も金属製の胸当てと腰当てを装備していて、なおかつ数種の殺傷用ナイフを携帯しているのが見えたからだ。侮るわけにはいかない。
 傭兵かあるいは賞金稼ぎか。どちらにしても都合が良くない。
「動いたら撃つ」
 フェリクスが静かに言い放った。
 少年の様子を見る限り、話をすべて聞かれていた。カタリナが魔女であることもバレてしまっているに違いない。
 少年は反射的に両手をあげて慌てて叫ぶ。今にも引き金を引きそうな形相のフェリクスに、さすがの少年も顔に恐怖をにじませている。
「ちょっ、ちょっとタンマ! そんなに怒らないでよ。僕はこの人に何もしないって」
「信用できるか」
「僕はレジスタンスの一員なんだ。レジスタンスの仲間集めをしにいろんな街を回っているところなんだよ」
 フェリクスがとりあえずといった様子で銃を降ろす。先ほどまで赤らめていた彼の頬は、すっかり冷めてしまっている。突然の邪魔が入ったことでフェリクスは、自分が彼女に言いかけたことなんてどうでもよくなった。
 しかしその一方で、久しぶりにここまで気の立った彼を見たカタリナは、目を丸くして固まっていた。ためらいなく自分のために武器までとる彼に、焼けるように耳が熱くなって、頬が火照ってしまう。
「え、えーと、とりあえず、話だけでも聞いてみない? ね、いいでしょ?」
「はあ……」
 カタリナがフェリクスに微笑みかけると、仕方ないと漏らしつつも頷いて了承の意を示した。
 フェリクスが軽い自己紹介と、ついでにカタリナの紹介をおこなう。
「俺は医者のフェリクス・アルトマイアーだ。こっちはカタリナ。酒癖が悪い無職だ」
「酒癖が悪いって、変な第一印象植え付けないでよ」
「事実を言っただけだろう」
「フェリクス・アルトマイアー? ……どこかで聞いたことあるような」
「気のせいだろ」
 彼はフェリクスの名前に聞き覚えがあったようだが、ルテリカでは同姓同名など珍しいことではない。特別追及することもなく新たな疑問を口にした。
「まあいいや。二人は夫婦なの?」
「ふ、ふふ夫婦!? なんでそうなるの!?
 カタリナは顔を真っ赤にして思い切り動じていた。
「だって、お小遣いをねだってたのを聞いてたから」
 すべての話を盗み聞きされていたのであれば、そう思われても不思議ではない。早い段階で納得していたフェリクスは、とくに動じることもなく平静を保っていた。
 嫁が旦那に小遣いをねだっていたという図式がこの少年の頭の中にできあがっていたのなら、ごく自然な質問だ。フェリクスはそう判断したのだ。
「俺にこんな酒臭い嫁がいてたまるか」
 まだ臭うのかしら、などとつぶやきながら、カタリナは自分の臭いを嗅いでみる。そこまで臭わない。
「じゃあ恋人?」
「さあな」
 フェリクスがそっけなく言うと、カタリナは少し残念そうな顔でフェリクスを見た。彼の顔にはやはりというべきか特段変化がなく、さらに落ち込む。だが、フェリクスにからかわれるのも癪だ。気づかれないうちに真面目な顔に戻し、話を変えようと少年の名を訊ねる。
「あなたの名前は?」
「僕はケビンだよ。レジスタンスの……まあ一応幹部かな」
「幹部? こんなちびっこいガキが?」
「ちびっこい言うな、結構気にしてるんだから」
「歳はいくつだ?」
「十五だよ」
「その背丈で十五か」
「あら、かわいい」
 ついにカタリナにまでこんなことを言われて、少年が無言でふてくされる。このままでは話が進まないので、フェリクスが話を戻した。
「すまんすまん。だが、信用していいのか心配になってきたぜ……ごっこ遊びのレジスタンスじゃなきゃあいいんだが」
「本物のレジスタンスだって証拠はない。けど、ごっこ遊びじゃないことだけは、これが証拠」
 ケビンと名乗った少年は、腰にさしていた短刀を抜く。わずかに鋭い光を反射するその刃は、なんでも貫きそうにさえ感じる。
 彼はいくつも短刀を装備していたが、これが一番大きいと思われる。その柄の側面が見えるようにこちらに向けた。
「ほう、そいつはまた……」
 柄に彫られた紋章を見て、フェリクスがうなる。
 この国で武器を持つには傭兵や賞金稼ぎといった、武器が必要な職の資格を持っている必要がある。短刀の柄には認可を得た傭兵の証明である刻印が彫られているのが見て取れた。
 傭兵は賞金稼ぎよりも数段ランクが上だ。気楽な旅人は賞金稼ぎを護衛として雇って身を守る一方で、高価な荷物を運ぶ商人や、領地を持たない小貴族などが身を守るのに傭兵を雇うといったように、十分な住み分けができている。懐の温かい雇い主がつくことが多い分、傭兵は医者に並ぶ人気の職でもあった。
 ケビンが傭兵として稼ぎを得ているのかは不明だが、生半可な実力で傭兵の認可を得ることができないのは事実だ。医者をしつつ、傭兵の資格も持っているフェリクスは、身をもってその実力試験の難度が高いことを知っている。
「よし、わかった。じゃあまず、お前がどうして診療所の入口前で立ち聞きしていたのか、釈明を聞こうか」
 フェリクスが拳銃をテーブルに置くと、それに習ってケビンも短刀をしまう。
「レジスタンスの情報について食い入るようにこの人が訊いていたのを見たから。ほら、レジスタンスの頭領を正式に立てたって話もあったでしょ。そのせいで最近いろんな奴に嗅ぎ回られる機会が増えたからさ、敵か味方かを見極めるためにあとをつけてたんだ」
「なるほどねえ。それで敵じゃないと判断したから、診療所の中に顔を出したと」
 フェリクスが数回浅くうなずきながら言った。
「そう。それで僕はカタリナさんを勧誘しにきたってわけ。魔女なら、断る理由もないよね? 魔法を教えてくれる人もたくさんいるよ」
「確かに! 魅力的な話だわ。決まりね!」
 カタリナが合点が行ったとでも言いたげに手をポンと叩いた。足早にケビンのほうに駆けていき、その横に並んだ。女性として平均的な身長のカタリナと並んでも、ケビンは相当小さかった。同い年の女子のほうが、ケビンより大きいのではないかとすらフェリクスは思ったものの、さすがに口にするのは可哀想なので言わずにおく。
 フェリクスは、ケビンを足の先から頭の天辺までまじまじと眺めてみる。短剣で間合いを詰めて戦うスタイルなら、この小さな体をうまく活かすのだろう……などとフェリクスは深く考察していた。
「魔女は今、どのくらいレジスタンスにいるの?」
「えーと……」
「待て待て。ダメだ」
 ケビンの小柄な体に半ば感心していたフェリクスが、慌てて会話に飛び込んだ。
「どうして? やりたいことを見つけろって言ったのはフェリクス、あなたじゃない」
「俺の目が届かないところに行かれたら……」
「行かれたらなんなんだよ?」
 魔女の仲間がなんとしてもほしいケビンが追撃し、フェリクスがうなだれる。
「行かれたら……俺が困るからだ」
 とてつもなく理不尽な回答が返ってきて、ケビンは子どもながらに腹が立った。カタリナも言ってやりなよ、とでも言うふうに、ケビンは彼女に目配せする。
 フェリクスの顔は前髪で隠されていたが、カタリナには歯を食いしばったのが見えた。カタリナは何も言わなかった。
 カタリナが何も言わないのを見て、ケビンが不思議そうにしている。
「なんだよそれ、そんなのフェリクスのわがままじゃん。恋人でもない女の人を束縛するなんて、わがままだよ」
「わがままか。そうかもな」
「フェリクス……」
 フェリクスは静かに部屋の奥に向かい、細長いラベルシールと一つの小瓶を持ってくる。瓶の中には薬らしきものが入っていた。彼はラベルに何か文字を書いて小瓶に貼ると、テーブルの上に置いた。
「カミルがきたらこれを渡しておいてくれ。代金は銅貨二枚だ。ラベルにも書いてある」
 そのまま、フェリクスはまっすぐ診療所から出ていこうとする。
「ちょ、ちょっと、どこ行くの?」
「頭を冷やしてくるんだよ。番を頼むわ」
 カタリナは手を伸ばしたが、結局引き止める気は起こすことができずに終わった。彼が診療所から出ていったあとは、入り口のドアに備え付けられた鈴がむなしく鳴るだけだった。
 二人きりになってしばらくすると、ケビンが半目で診療所の入り口を眺めて言う。
「感じ悪いなあ」
 さすが子どもというべきか、初対面の相手に対する陰口も容赦がない。しかし、カタリナはそのケビンの言葉を聞いて、心を痛めていた。
「私が悪いのよ。私がどうしようもないから」
 カタリナがテーブルについてひとりごちた。
「え? どういうこと?」
 ケビンが聞き返すが、カタリナは何も言わなかった。さっきも今も、失言ばかりだったと深く反省する。
 事情は複雑に極まるのだ。知り合ったばかりの相手に話すほど軽い内容でもないし、ましてや子ども相手に語るような楽しい話でもない。こんな陰気な雰囲気はさっさと吹き飛ばしてしまおう。そして、フェリクスが戻ってきたら謝ろう。
「ううん、何でもないの。気にしないで」
 彼女は話を変えようとつとめる。
「それにしても、このご時世に銃以外の武器を選ぶなんてめずらしいわね」
 魔女が表舞台に立つようになって、世界の仕組みは大きく変わった。戦いも例外ではない。遠距離からの魔法攻撃に対処すべく、銃が急発展したのだ。短刀に限らず剣や槍などの刀剣類は、魔女の前では役に立たないから使えないというのが今の世間の認識だ。
「まあね。僕も銃を勧められたけど、小さい頃からナイフが好きでよく集めてたんだ」
 ケビンがカタリナの横に座り、いくつかのナイフをテーブルに並べる。極端に刃が短い短刀から、刃渡り四十センチくらいの長めのものまであった。いずれもサビ一つ見当たらず、よく手入れされていることがうかがえる。
「いいわね。とても男の子らしい」
「うん、そうだね」
 何か複雑な感情を含んだ笑みをケビンが浮かべたことに、カタリナは気が付かなかった。
「だから武器にもナイフを選んだ。一応ほら、投げナイフもいくつか用意してあるから、遠距離攻撃もできるよ」
 少し前までは、戦士の誰もが重鎧を身にまとっていたため、投擲ナイフはあまり用いられていなかった。
 しかし銃は容易く鎧を突き破る。銃が発展した今となっては、鎧なんてものは足を遅くするだけの枷と見なされ、ほぼ着られていないのが実情だ。
 皆が鎧を脱ぎ捨てるのに便乗してナイフを使い始めるのは、悪くない選択肢と言える。
「それじゃあ、僕は他にも用事があるからもう行くね。それで、カタリナさんって普段はどこにいるの?」
「うーん、酒場かこの診療所かな。時間にもよるけど、一番いる時間が長いのは酒場かもね」
「わかった。今晩、迎えに行くよ」
 何の迎えかなんて聞くまでもなくカタリナにもわかっていた。自分は、レジスタンスに加入することを認められたのだろう。フェリクスにお別れも言わなければいけない。そう思うと、少し寂しくなった。
「でも……私、通行証がないわ。そこはどうするの?」
 各地の小国が隣り合う小国と同盟を重ね、知らず知らずのうちにできあがっていたのが今のルテリカ王国だ。こういった経緯によって王の力が極端に弱く、相対的に各領主の力が王とほぼ同格。結果的に、領民が別の領地に移動するのは外国旅行に行くのと等しい。
 領民が減ると税収が落ちるので、領主は領民が出ていかないように様々な手段を講じる。その手段の一つに、通行証の発行手続きのめんどくささがある。
 が、めんどくさいというのは、少し語弊があるかもしれない。成人している無職には、とてつもなく敷居が高いという、それだけのことなのだ。
 まず、手に職を就けていれば、通行証を持っていないということはあり得ない。その職の資格自体が、通行証になるからだ。だがカタリナは無職なので即刻除外される。
 次に、有職者の妻子は、夫あるいは父親の同伴があれば通行証を必要とせずに関所が通過できる。だがカタリナはすでに成人しており独身なので除外。
 無職が通行証を得る最後の手段として、町長および身近な知り合いの二人に、自分が不審人物ではないことを領主の前で証言してもらうというものがある。そうすることで領主からの身辺調査が受けることができ、調査で問題なしと判断されればやっと通行証が発行されるのだ。カタリナはフェリクスに、その保証人を頼もうと診療所で駄々をこねていたのである。
 その保証人になるには成人していて、なおかつ最低でも対象者と五年以上の付き合いが必要だ。ケビンはどう見ても成人ではないし、付き合いが五年あるかどうかなんて身辺調査をされたらバレてしまう。
 カタリナが疑問に首をかしげていると、ケビンは驚きの提案をした。
「僕の奴隷になってもらう」
「それ、マジで言ってる?」
「申し訳ないけど……大マジ」
 奴隷は物扱いなので、なるほどそれなら通行証が必要ない。ケビンは結構な良質装備を揃えているから、値の張る奴隷を連れていても怪しまれることがないだろう。だが、さすがのカタリナも顔を引きつらせた。
「あまり気が進まないのはわかるけど……レジスタンスでは独身無職はみんながそうしてるんだよ。アジトに到着するまでは、しばらく我慢して」
 ケビンは、アジトに到着すれば魔法使い放題だから、と付け加えた。
「まあ……背に腹は変えられないわね」
 カタリナを弟子に欲しがる人物がいるかどうかは不明だが、レジスタンスのアジトでならば堂々と魔法の鍛錬ができるのは間違いないのだ。魔女であるという素性を隠してこそこそこのティリス街で暮らすよりはよっぽどいい。
「じゃあ、またあとで」
「うん、またね」
 カタリナが一言返すとケビンは小さく手を振って診療所を去っていった。
「しかし……独身無職ね」
 独身無職。奴隷がどうのこうのよりも嫌に突き刺さる言葉に、カタリナは大きくため息をついた。


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