ルテリカ王国物語第二章 心の傷に巣食う闇◆1

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 カタリナとフェリクスは、夜の酒場でケビンと合流した。
 一杯やっていかないかとカタリナは提案したが、あえなくフェリクスに即却下されて酒場を出た。
 とくに会話のないまま夜の通りをしばらく歩いて、街道へと出る。ティリス街から外に出て、はじめてケビンから出た言葉がこれだ。
「なんでこの人までついてくるのさ。ただの見送りかと思ってたんだけど」
「この人呼ばわりとは、ずいぶんな言われようだな。つい数時間前に俺たちと知り合ったばかりのくせによ」
 フェリクスはそこまで気にしていないようだが、ケビンはフェリクスのことをあまりよく思っていないらしい。
「実はいろいろ事情があって……」
 カタリナが苦笑いして説明をしようとするも……口を閉じて固まった。顔が赤くなる。事情を説明するということは、そういうことである。
(ついさっき結婚しましたなんて言えるわけない! 恥ずかしくて死ぬ!)
「まあいいか……カタリナさんを奴隷として連れ歩くのは、フェリクスのほうがそれらしいから怪しまれにくそうだし」
 カタリナがどう説明すべきか考え込んでいると、ケビンが独り言のようにつぶやく。
 カタリナとフェリクスが顔を見合わせた。二人は完全に忘れていたが、結婚したことを隠している以上、ケビンには通行証の問題が解決したことを話していないことになる。
 ケビンが歩きながら地図を取り出し、道を指でなぞる。
「まずカタリナさんを奴隷に登録しなきゃいけないから、一旦北西に向かってセーエングレスを目指す。で、登録が済んだらそこから南東に向かって……」
「その必要はない」
 ケビンの独り言を切り捨てるように口を開いたのはフェリクスだった。ケビンは怒るでもなく不可解な面持ちで首を傾げた。地図の現在地よりやや北西の地点の、地方都市セーエングレスがある場所を指差して、言葉を続ける。
「いやまあ、かなり遠回りになるけどさ……ここが確実なんだよ? セーエングレス以外にも奴隷商はいるけど シェネット伯爵領では奴隷の売買が一番盛んな街だし」
「ちょっとばかし言いにくいんだが……」
「だー!! やめて! 死ぬ! 私死んじゃう!!
 カタリナが自分の耳をふさぎつつ、最大限に羞恥に染まった金切り声をあげる。フェリクスが結婚発表をしようとしたのを、驚くべき速度で察知したのだ。数瞬遅れてすぐ隣りにいたフェリクスも両手で耳をふさいだ。
 カタリナがおとなしくなったのを確認した彼が耳から手をどけ、決まりが悪そうに片手を首の後ろに回す。フェリクスもフェリクスで少しは恥ずかしがっているのがうかがえるが、隠していてもしょうがない。彼としてはさっさとはっきりさせたいのだ。
「お前は、死に関わる要素たくさんだな……酒といい、けっ……」
「いやああああああ!!
「うるせえ! 耳に穴が開くってーの!」
「最初から開いてるでしょ!」
「な、なんなの? 二人とも変だよ?」
 ケビンにはいよいよ謎が深まってきた。話がまったく進まないこの状況に何とも言えない複雑な感情を抱き、目を白黒させている。
 と、突然フェリクスがカタリナを抱き寄せ、片手で口をふさいだ。彼の腕の中でカタリナが暴れている。
「いいかケビン、一度しか言わないからよく聞け。俺たちは結婚した」
「え?」
「むぐー!!
 ケビンが目を丸くしている。一方でフェリクスの腕の中に収まっているカタリナは、猛烈に暴れ始めた。心臓がどこかに逃げ出してしまいそうなほどに熱いこの感情を、どこにぶつけていいのかわからないのだ。
「俺の嫁を奴隷にするような真似は必要ないってこった」
 フェリクスが照れくさそうに口にした。
 俺の嫁。
 そんな恥ずかしい単語が耳に入ったカタリナは焼けた餅が弾けたように、突如としておとなしくなった。自分の腕の中で急上昇していたカタリナの体温が、少しずつ下がっていくのをフェリクスは感じ取る。まだ火照りが残ってはいるものの、彼女は落ち着きを取り戻した。
「ウソでしょ?」
「マジだ」
「お、おめでとう……」
 ケビンは彼女たちを祝福しつつも、まるで夢の中にいるかのようにしばらく呆然としていた。


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