ルテリカ王国物語第二章 心の傷に巣食う闇◆4

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 そこは空気が冷え切った洞穴だった。
「今は誰もいないみたいだね」
 洞穴はどこまでも続いていそうな暗く深い闇を、その奥に伸ばしている。入り口のほうの土壁とても自然的なものだったが、奥に行くにつれて、人為的に掘られたものであるのがわかった。
 奥からも風の気配がある。おそらく、どこか別の場所につながっているのだろう。
「たぶん、さっき王国兵と争っていたレジスタンスのみんながもうじき戻ってくると思うから、少し待って話を聞いてみよう」
 ケビンがまるで自宅にいるかのようにくつろいだ様子で荷物を降ろし、地べたに座った。
 ここまでの道のりは遠くはなかったが、いつの間にか、日が昇り始める時間帯に入っていた。
 おそらくケビンは、ティリスを出たときからこの場所を最初の目的地として目指していたのだろう。向かうべき街だった地方都市セーエングレスがスケジュールから取り除かれてからも、彼の経路案内には一切の迷いがなかった。
「カタリナさん……大丈夫かな」
 ケビンの視線の先には、膝を抱えて座るカタリナがいた。ケビンは少し、申し訳なさそうな面持ちで彼女を見つめている。
 小さな少年のすぐ横に、フェリクスも座り込む。
「お前も、あいつのこと心配してくれてるんだな」
「当然だよ。仲間だもん」
「あいつは生粋の治癒師見習いだからなあ……怪我人を放っておく行為が許せなかったんだろう」
「うん」
「それに、今回は火傷だったしな」
「うん……」
 魔女や魔女に深く関わっていた者は、無意識に火傷を嫌う傾向がある。魔女の処刑といえば、昔から火あぶりだったからだ。見せしめのためにと見せつけられた焼死体は、十や二十はくだらない。
 カタリナの母が火あぶりにされた場面を彼女は見ていないのだが、たまに夢に見ることがあるのだという。別の魔女の火あぶりと、記憶を重ねてしまうのだ。
 人が焼ける臭いを敏感に感じ取り、現実には聞こえもしないぱちぱちと火花を散らす音を母の姿とともに思い出すというのだ。実際には見たことがない嘘の世界を、絶望と恐怖のあまり自分の中に構築してしまっていた。
 大火傷を負っていた王国兵を見たことが、その嘘の世界を引っ張り出すトリガーになったのだろう。
「松明で服に火をつけたとしても、人はあんなふうに焼けたりしない」
「うん……」
 フェリクスが独り言のように言うと、ケビンは申し訳なさそうな表情を一層濃くした。
 第一、あんな木の生い茂った場所で火を使った攻撃を仕掛けるなんて普通ではありえなかった。大規模な火災に発展し、味方たちまで巻き込まれかねないからだ。夜、焚き火で暖をとったときも、十分に注意して火を扱った。
 だが、味方たちを巻き込まずに済む手段を、彼は一つ知っていた。
「あれは魔法だろうな」
「うん……」
「カタリナのお袋がよく調理に火の魔法を使っていたんだ。魔法なら、燃やしたい対象を正確に絞ることができる。だから火事にはならないと、そう言っていた」
 ケビンは何も言わなかった。
「魔女がどうして、あんな真似をするんだ?」
「見せしめだよ」
「見せしめ?」
「公爵は見せしめに魔女を火あぶりにして殺す。だから、彼女たちはやり返すことにした」
「それはまた……ずいぶんとむごい報復だな。そして短略的で、感情的だ」
「同じように、王国軍の奴らにも火あぶりのトラウマを植え付けてやるんだ。火を扱うのも、怖くなるくらいに。火あぶりの刑なんて、なくしてやる」
 唇を固く結んだケビンの表情は、強烈な憎しみに染まっていた。大の大人であるフェリクスでさえ、気圧されて何も言えなくなってしまう。
(火を扱うのが怖くなっちまったら、そりゃ火あぶりの刑なんてできなくなるがな……不合理的すぎる)
 罪人の処刑は、王国兵が行う。王国兵たちが火に恐怖を覚えてくれれば確かに火刑はなくなるかもしれないが、そんなことは理想論にも及ばない夢物語だ。フェリクスには、火刑をなくすという目的よりも、その過程……つまりは復讐に熱意を注いでいるようにしか見えなかった。
 処刑台の炎。それは火刑が終わったあとすっかり消え去ってしまったとしても、人の心には残り続ける。そして燃え移った。魔女の心に燃え移り、復讐の炎として蘇り、そして王国兵を焼く炎となった。
「実際に火あぶりにされてみないと、この気持ちはわからないよ」
 固い握りこぶしを作っていたケビンが沈黙を破る。暗い洞窟の岩天井を仰ぎ見て、意味深につぶやいた。

 

 簡単な朝食を用意し、三人で向き合って食事をする。
「ごめんなさい。さっきは取り乱しちゃって」
「うん。大丈夫だよ」
 ケビンの表情は、未だ申し訳なさで満ちている。
「フェリクスから聞いたわ」
 言うまでもなく、王国兵の火傷についての詳細のことである。ケビンは何も言えなかった。フェリクスも無言でスープをすすっている。
「あのときは取り乱したけど……気持ちはとてもわかるのよね。私も公爵が憎くて憎くてたまらないから……」
「きっとあの人は頭がおかしいんだよ。魔女狩り政策を自分で打ち出しておいて、自分の娘を殺そうとしたんだ」
 有名な話だった。自分の娘が魔女だと知りながら、魔女狩り政策を王に進言し、国家を挙げての魔女狩りを始めた第一人者。それがカルフォシア公爵という男だ。
 当時はその非道ぶりに様々な勢力から糾弾を受けた。しかし、治安が今以上にひどかった当時は情報が錯綜し、曲解に曲解が重なった結果、いつしか身を張って魔女の脅威と危険性を知らしめたとして、民衆には自己犠牲精神の強い偉人扱いされている。
「公爵家に魔女が生まれたこと自体を隠さずにいたことのほうが、俺には不思議に思えるけどな。覚醒者自体、元から好かれない」
 カルフォシア家の娘リーゼロッテは、覚醒者だった。
 覚醒者とは、何代か祖先を遡っても魔女が見当たらないのに、魔女として生を受けた子のことだ。
 もとより魔女とは古来巫女の末裔なので、魔女が生まれる以上、その家が魔女の血筋であることは間違いないのだが、子が魔女としての才覚に恵まれないことも少なからずある。
 また、その血筋で何代にも渡って女児が生まれないと、魔女はその世代で生まれないことになる。とくに貴族は男系の血筋を重んじる傾向があるため、何代も世代を飛ばして魔女の力が顕現することがあるのだ。
 ざっくばらんに言ってしまえば、覚醒者とは魔女のいわゆる隔世遺伝である。
「そして貴族の家門に生まれ落ちた覚醒者は、大抵の場合赤子の時点で殺されて……」
 カタリナがフェリクスの言葉に続く独り言のようにつぶやいた。
「普通はね。でも、公爵夫人はルテリカ王の妹君なんだ。夫人がどうしてもと泣いてすがったから、彼女は今……リーゼロッテは今、生きている」
 さすがの公爵も、王の妹には頭が上がらないというわけだ。だがここでフェリクスが目を細め、驚きの表情で声を出す。
「公爵夫人が王の妹? 初めて聞いたぞ」
 顎に手を当て、訝しげにしながらもケビンの話に耳を傾けた。
「公爵はこのことを隠してるんだよ。ある意味政略結婚だからさ。一人の領主に権力が集中するのを、他の領主たちがあまり好まないからね」
 王国領土間の通行が外国旅行と比喩されるくらいだ。下手に他の領主の機嫌を損ねると、別の領主と戦争になりかねない。実際、王国軍を率いる権限を持つ公爵は、現時点でも他の貴族たちにあまり好かれていなかった。
「ずいぶんと公爵家に詳しいんだな。お前、もしかして貴族の出なのか?」
「さ、さて、どうかな」
「ふーん。ごまかすのが下手だな」
 肩をすくめてはぐらかすケビンに、フェリクスが驚くでもなく口にする。王国の事情にやたら詳しいので、彼には大方予想できていた。公爵家の裏事情も、貴族同士の付き合いで知り得たのだろう。
 後継者争いや領土統治などの面倒ごとに嫌気が差して家を出て、反政府勢力に加わる元貴族は少なくない。ケビンもおそらく、その口ではないかとフェリクスは思った。
 これだけの公爵に関する情報を持ち合わせていれば、レジスタンス内での評価も高いはずだ。幹部というのも十分うなずける。
「貴族? マジでマジで?」
 カタリナのほうは驚きを隠せないようで、無邪気な子どものようにはしゃいで、ケビンに迫ってくる。彼は困惑をにじませた苦笑いでカタリナを制した。
「どっちにしても今はもう貴族じゃないよ。はい、もうこの話はおしまい」


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