短編集短編 五十年後に死ぬ呪い

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「ギードぉ……もう出てきてよ……」
 今にも泣き出しそうな震える声で、少年の名前を呼ぶ少女がいた。
 町のはずれに位置する、深緑の樹木が生い茂った薄暗い森。この森には恐ろしい魔女が住んでいるという。
 いつしか生まれたこの噂から、魔女は近づいた人々に呪いをかけ、その人間の周りの人々にまで災いをもたらす存在として知られている。
 ただし、少女が泣き出しそうなのは、その魔女に恐怖しているからではない。単純に寂しさからだった。
 フェリシアとギードの二人は森でいつも遊んでいる仲良しである。今回はかくれんぼをやっている。
 じゃんけんの弱い少女の方がいつも鬼。例に漏れず今日も彼女が鬼だ。
 しかし毎度のことながら鬼になってしまう彼女であるが、探すのが得意ではなかった。あることをしない限り。
 気が遠くなるほど少年を探しているのだが、なかなか見つからない。
「はぁ……」
 少女はその場にぺたんと腰を下ろす。彼女のローブは薄茶色の土埃が目立つほどの漆黒だった。フェリシアの銀髪がそのローブのおかげで際立っている。
 周囲を見回しても瞳に映るのは緑色と茶色ばかり。ギードの特徴的な朱色のマントは見えない。
 諦めたように少女は立ち上がるとお尻の汚れを払い、けだるそうに右手を持ち上げ瞳を閉じる。
 するとその手の内が輝きだし、地には彼女を囲うように光り輝く魔法陣が浮かび上がった。その輝きは、森の樹木たちを青白く照らす。彼女から溢れる魔力は森全体に流れ渡り、風のように森を撫でていく。
 少女の頭の中に森を駆け抜けているかのような映像が流れる。その意識は緑に混じった朱色が範囲に入るとすっと止まり、その朱色の布にズームした。
 茶色に緑色に、朱色。これだけ目立つ色合いでありながら肉眼で補足できないという事実に、フェリシアはたびたび感心していた。もっとも、フェリシア自身が鈍感なだけなのかもしれないが。
「見つけた」
 まぶたをゆっくりと持ち上げる。青白かった樹木たちが元の素朴な色を取り戻し、それと同時に朱色のマントの少年が少女の前に突然現れた。ギードだ。
 瞬間移動させられた先で尻餅をついたギードは頭を掻きながらこちらを見上げた。視線が革靴、ローブ、そして顔へと移ろっていき目が合う。その瞬間、自分が瞳の中に雫を溜めていることに気付く。内心ハッとして取り乱しそうになるが、なぜだか一番挙動不審になっているのはギードだった。
 それを見て勢いに任せて怒鳴りつける。
「もーうっ! あまり私を怒らせると町の大人達に私と遊んでること言いつけに行くから!」
 怒りと寂しさが入り混じる複雑な声音で言うフェリシアに、ギードは困ったような笑いを浮かべながら立ち上がった。腰を曲げ、ぽんぽんと埃を払い落とす。
 埃を払い終えて完全に直立したギードの目線は、フェリシアの肩辺りまで来ていた。フェリシアの身長はあまり高くないが、それでもギードよりは心も体もお姉さんで、実際、彼女のほうが千歳ばかり年上だ。フェリシアはなんだか複雑な気持ちになる。
「魔法使ったらダメだって言ったじゃないですか。フェリシア様の負けですよ」
 優しい口調だったが、フェリシアには何かをはぐらかしているのがなんとなくわかった。ギードの顔は地面を見ていて、どうも落ち着きがなくオドオドしている。だが今のフェリシアにはそんなことはどうでもいい。
「寂しくなければ負けでもいいもん。違うことして遊びたい」
 フェリシアは次の遊びを示すよう要求する。寂しさを紛らわせるので精一杯だった彼女の要求は曖昧だった。

 この森の魔女は恐ろしい魔術で人々を苦しめる。いつしか生まれて広がったこの噂のせいで、寂しがり屋の魔女・フェリシアには友達が誰もいなくなった。
 そんな彼女に、最近出来た友達がギードである。
 この噂はただ森に子どもたちを迷い込ませないために大人たちが流した出任せだ。噂を流した本人も、魔女なんているとは思っていなかった。
 しかしフェリシアの存在が里の人間に知られたときからこの話はこじれて広がり、今に至るところとなった。
 この真実をギードが知った時から、彼は毎日フェリシアに会いに森に通ってくれるようになった。まだ付き合いは二年もない。それでも二人はともに信頼し合う大切な友達だ。

「やったー! 今度は私の勝ち! 次もこれで遊ばない?」
「僕もまだまだ遊びたいけど、そろそろ帰らなくてはまずいかも知れないです」
 ギードの言葉に、フェリシアはくせの強い銀髪を揺らして空を仰いだ。太陽は背の高い木々に隠れてもう見えなくなっており、辛うじて夕焼け色の空が見えるといった状態だ。
 ギードの家は服屋を営んでいて、彼の両親は日中は自宅から少し離れた場所に設けた作業場で作業をし、日が沈むと帰宅する。だからギードは日が沈むまでしか森にはいられない。
 しかし薄暗い森の中だと、太陽が真上に来たあと傾き始めたあたりから沈んだかどうかが分からなくなってくるのだ。
「また明日来てくれるよね? 待ってるからね」
「ええ、もちろんです。今から明日が楽しみなくらいですよ」
 ギードが森の中で遊ぶのが好きだと言うことは既に周りに知れ渡っている。そして、どうしてかギードが森で迷わないことも知られているが、それでも帰りが遅くなればギードの両親が心配して森の中まで探しに来るのは間違いない。
 フェリシアには、独りぼっちになってしまう寂しさから来るギードを引き止めたい気持ちが溢れるほどあった。でもここで彼を引き止めてしまったら一緒に遊んでいることがばれてしまうかもしれない。
 ばれたらもう一緒に遊ぶことはできない。だから引き止めてはダメ。フェリシアはそう自分に言い聞かせてにかっと笑顔を見せてから、転移魔法で森の入り口まで送った。

 

「いい? いくよ」
「あぁ。いつでも」
 青年の返答を合図に、少女は言霊を紡ぎ始める。彼の体に刻んだ魔法陣の力を呼び起こすキーワードとなる呪文だ。
 数秒置いて魔法陣が輝きだし、青年の身体が青白く光る。それを見守る二人の手のひらに汗が滲んだ。
 これはフェリシアの自作陣。それはどんな魔道書にも載っていない、神にも反する禁忌を実現しようと目論んで作られたものだ。
 人間に恋した魔女にとって、禁忌を破る罪悪感なんてその二の次。
 ギードの身体にどんどん魔力が流れこんでいき、彼は呼吸と整えるように大きく息を吐いた。体が熱いのだ。その熱はギードのそばに立って魔力を注ぐフェリシアにも伝わった。まるで自分がギードを抱いているかのような錯覚を覚え、なんだか愛おしくなる。
「ふぅ……」
 フェリシアが力を注ぎ終え一息ついた。冬の冷えた風が火照った体を触れて流れていく。
 魔法の発動は成功した。だが――その結果にフェリシアは唇を噛みしめ、ギードはあぐらをかいて座り込んだきり何も言わなくなる。
 まただ。どう頑張ってもうまくいかない。
 いつものことだった。半年前からこの魔法を試しているが、発動そのものに成功しても、魔法を編む力が足りていない。求める結果が得られない魔法が発動したところでなんだというのだ。
 その熱は浴槽から上がる湯気のように徐々に冷めていき、刻み込もうとした力はどこかへと飛散して消えていった。二人の体温は森の空気に馴染んでいく。
 魔法の効力はからきし刻まれることなく、どこかへ散ってしまった。何度も同じような感覚を味わっているギードも、それに気づくのは簡単だった。
「うぐっ……えぐっ……ぐすん」
 これは寂しさからくる涙ではないのはわかっていた。これは悲しみの涙。
 ギードはどんどん変わってゆくのに自分は変わらない。そう思うと涙が止まらない。
 黙りこんでいた彼もさすがにフェリシアに泣き出されると放っておけなくなり、息を吐き出しながら立ち上がる。朱色のマントをまとうそのがっしりとした体にとって、フェリシアの肩なんてものはもう見下ろす位置にある。
「ふう。……だから泣くなって。いつまで泣き虫でいる気だよ。俺がガキのときからそうじゃねえか」
 荒っぽい物言いをしながらも、ギードはフェリシアの背中に片腕を回して彼女を抱き寄せる。
 銀髪を被った彼女の頭は、ギードの胸に埋まっていた。いつの間にかフェリシアはギードに身長を追い抜かれ、その頭は彼の肩の高さにも及ばない。
 それはただの男女差なんて生ぬるい違いではなかった。千年もの時を生きる魔女と、たかが数十年の時を生きる人間とでは、成長する速度も、老化する速度も違いすぎる。
 ギードを包み込むように抱いていた頃が“懐かしい”。十年という時間を「たかが十年前のこと……」と感じてしまうフェリシアにとってそう思うことができるのは嬉しくもあり、そしてやはり寂しかった。
「だって……」
 この魔法の目的は人間の老化ペースを格段に遅くすることだ。それは神に反する禁忌である。
 フェリシアは何度も繰り返したことで自分はまだ未熟だということを十分に思い知った。
 この魔法をいくら続けようとも成功することなく、このままギードは寿命で死ぬ。
人間にとっての数年を、数時間のように思う魔女にとってその瞬間を鮮明な想像に起こすことは容易だった。
(ギードがどんどん大人になって、おじさんになって、おじいさんになって、なのに私は子どものままで、その死を見届ける……)
 圧倒的な技量不足を埋めるのに修行する時間なんて到底残されていない。それでも何もせずにはいられなかった。また独りぼっちになるのは絶対に嫌だ。
 そしてそんなことよりも、ギードも気付いている気がするのだ。この魔法が極めて難しく、フェリシアの技量では到底満たせないところに成功があるということに。これが一番つらかった。
 毎日、毎日、自分に会いに来てくれる。出会い頭に自分を抱き、頭を撫でてくれる。続けて日がいくらか傾く頃まで語らうと、ギードは何食わぬ顔で彼女に儀式を始めようと切り出す。
 しかしそんな彼も、あと何十年かでいなくなってしまう。

 ――ねぇねぇ。いつかギードも、死んじゃうのかな。
 ――まぁ、そりゃそうだろう。でもな、俺はそんなヤワじゃない。あと五十年は生きてやるぜ。

(たった五十年? たったの……?)
 五十年なんてフェリシアにとっては短すぎる。かくれんぼで走り回っていたのもついさっきの事のように感じている彼女にとっては。ギードが死ぬ、恋人が死ぬのはもう目の前に見える出来事。当然焦りも生じる。
 フェリシアが日々を思い返して鼻をすすっていると突然その涙を拭われて驚く。真っ赤になった泣き顔が、さらに赤く染まったことは誰も気づかなかった。
「泣くのはやめろ。俺は女の慰め方っていうもんを知らないんだ。だから困る」
 涙を拭ったあとギードがバツが悪そうに後ろを向く。彼の朱色のマントが風に揺れていた。まだ幼かった頃に半ば引きずっていたマントは、今のギードの背中にぴったりだ、
「……なんか、変な感じ」
「何がだよ」
 ギードが背中を向けたまま言う。
「だって、ギードったらついさっきまで私の泣き顔見るだけでどうしていいかわからなくてオドオドしてたのに、なんかかっこいいんだもん」
「あぁん? 俺がオドオドだぁ? んなわけあるかよ」
「わからなくていいよ、別に」
 ギードが首を傾げているのを見て、涙に歪んだ顔をいたずらな微笑みに変えて言う。ギードにはその言葉の真意は伝わらなかった。でもそれでもいいと思った。
 その日はこの会話を最後にギードを送り届けた。

 

 寿命を延ばすのはあらゆる術をもってしても高度であり、また、禁忌である。
 だが寿命を縮めるのだったら力のない人間だろうとできてしまうほど容易い。殺せばいいだけだ。
 そして人間を遥かに超える力がある魔女は、殺す以外にも寿命を縮めるにもいくつかの選択肢があった。
 ギードの体に描いたものとは対局に位置する魔法陣を、自分の体に描き出す。
「これなら間違いなく、死ぬまで一緒にいられる……」
 その夜、森の樹木たちは「五十年後に死ぬ呪い」を感じ取った。

 

 


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